清彦と出石子刀

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垂仁天皇(二十五)清彦と出石子刀

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現代語訳

即位88年秋7月10日。
群卿(マヘツキミタチ)に垂仁天皇は言いました。
「わたしが聞くに新羅の王子(セシ)の天日槍(アメノヒボコ)は初めて(日本に)来たときに持って来た宝物は、今、但馬(タヂマ)に有ります。始め、国人(クニビト=土地の人)に尊ばれて、神宝(カムダカラ)となった。わたしはその宝物(タカラ)を見たい」
その日のうちに使者を派遣して、天日槍のひ孫の清彦(キヨヒコ)に命じて、献上させました。清彦は天皇の名を受けて、自らすぐに神宝を捧げ、献上しました。

羽太玉(ハフトノタマ)を一つ。
足高玉(アシタカノタマ)を一つ。
鵜鹿鹿赤石玉(ウカカノアカシノタマ)を一つ。
日鏡(ヒノカガミ)を一面。
熊神籬(クマノヒモロギ)を一具。
あと、小刀が一つあります。
名を出石(イヅシ)をいいます。
清彦(キヨホコ)はたちまち刀子(カタナ)は献上しないとものと思って、袍(コロモ)の中に隠して、帯刀していました。天皇は小刀を隠している状況を知らないでいて、清彦と寵(メグ…本来は可愛がるという意味だけど、多分、酌み交わそう的な意味かと)もうと思って、呼び寄せて酒を天皇のもとへと持って来させました。その時、刀子(カタナ)が袍(コロモ)が中に見えました。天皇はそれを見て、自ら清彦に問いました。
「今、袍(コロモ)の中に見えた刀子(カタナ)は何をする刀子だ?」
ここで清彦は刀子を隠すことはできないと知って、言いました。
「献上した神宝の類(タグイ)です」
天皇は清彦に言いました。
「その神宝はどうして類(タグイ)から分けたのか?(=なぜ、その小刀は一緒に献上しなかった?)」
そこですぐに(清彦はその刀子を)出して献上しました。
そして(その刀子を含めて神宝を)全部、神府(ミクラ)に蔵(クラ)めました。
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解説

垂仁天皇(五)羽太玉・足高玉・鵜鹿々赤石玉・出石小刀・出石桙・日鏡・熊神籬」で天日槍によって朝鮮から但馬国へとやってきた宝。天日槍のひ孫の清彦が、この垂仁天皇の時代に、但馬国に祀っていたその宝を「垂仁天皇」に献上する、というお話。

清彦は、献上するときに「出石小刀」を懐に隠しておきますが、それがバレてしまいます。で、問題はどうして、「隠したのか?」です。

理由は分かりません。
天皇を暗殺しようと思ったのか。
それとも、単に「出石小刀だけは渡したくない!」という感情からでしょうか。結局この小刀は献上はするものの天皇の蔵から逃げ出してしまいます。それは次のページで。
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原文

八十八年秋七月己酉朔戊午、詔群卿曰「朕聞、新羅王子天日槍、初來之時、將來寶物、今有但馬。元爲国人見貴、則爲神寶也。朕欲見其寶物。」卽日、遣使者、詔天日槍之曾孫淸彦而令獻。於是、淸彦被勅、乃自捧神寶而獻之、羽太玉一箇・足高玉一箇・鵜鹿鹿赤石玉一箇・日鏡一面・熊神籬一具。唯有小刀一、名曰出石、則淸彦忽以爲非獻刀子、仍匿袍中而自佩之。天皇、未知匿小刀之情、欲寵淸彦而召之賜酒於御所。時、刀子從袍中出而顯之、天皇見之、親問淸彦曰「爾袍中刀子者、何刀子也。」爰淸彦、知不得匿刀子而呈言「所獻神寶之類也。」則天皇謂淸彦曰「其神寶之、豈得離類乎。」乃出而獻焉。皆藏於神府。
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