西門・石鳥居(四天王寺)

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西門・石鳥居(四天王寺)

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概要


住所大阪府大阪市天王寺区四天王寺

四天王寺の門の一つ。石鳥居とも西門とも。大抵の参拝者はここから四天王寺に入る。浄土信仰では西大門(西門と中心伽藍にある大きな門)から極楽浄土につながると考えられていたので、西門の往来が最も多い。

寺なのになんで「西門」には「鳥居」が立っているのかというと、そこはまぁ日本っぽい「神仏習合」だとしか言いようもないです。

この石鳥居は1294年に現在の「石」に作り変えられましたが、それ以前は木製だったようです。どうも四天王寺が最初にできたときから「鳥居」自体はあった?のかもしれない。

鳥居の上の中心には「釈迦如来・転法輪処・当極楽土・東門中心」と書かれています。これは完全に「仏教」の思想です。これが鳥居のど真ん中、本来は神社の名前が書かれているところに書いてあるんだから、神仏習合極まってます。ちなみにこの文字は「小野同風」か「弘法大師」の字と言われています。

平安時代には「日想観」という考えが広まりました。これは真西に太陽が沈む彼岸の日に夕日を見ながら極楽浄土を想像するってものです。どうして極楽を想像するかといいますと、浄土信仰というのがあって、浄土信仰の本来は「次に生まれ変わるときは極楽に生まれ変わって、修行して解脱しようね。極楽に生まれ変わるために極楽のことを想像しないといけないね」という考えです。日本人は極楽というと天国だと思っていますが、極楽は「解脱するために修行する世界」であって、天国でもなく、この世界のどこかにある現世です。その極楽という場所は阿弥陀如来の管轄で、そこに生まれ変わると解脱し仏に成ることを全力でサポートしてくれるんですね。極楽ってのはいわば予備校なんですよ。
「いつ解脱するの? 今でしょ!」
みたいな。
その日想観の思想の中心地が四天王寺になりました。西門は当然、真西に鎮座していますから、この伽藍から西門を見ると彼岸のときに太陽が沈む。現在は四天王寺は内陸ですが昔は海岸がすぐそこでした。幻想的な光景だったのでしょう。

ちなみにどうして西の夕日を見て想像するかというと「極楽は西にある、って設定」になっているからなんです。

彼岸というと先祖を供養する日です。しかし仏教にはそもそも「霊」という思想がありません。仏教は輪廻を繰り返すもので49日後には霊は別の何かに生まれ変わるのです。ということは「先祖を供養する」というのは本来の仏教ではあり得ない考えです。だから彼岸に先祖供養というのは仏教以前の日本の「風習」だと思われます。ここでも神仏習合があったわけです。
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