玉杵名邑の土蜘蛛津頰と阿蘇の地名説話

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景行天皇(十九)玉杵名邑の土蜘蛛津頰と阿蘇の地名説話

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原文

六月辛酉朔癸亥、自高來縣、渡玉杵名邑、時殺其處之土蜘蛛津頰焉。丙子、到阿蘇国、其国也郊原曠遠、不見人居、天皇曰「是国有人乎。」時有二神、曰阿蘇都彦・阿蘇都媛、忽化人以遊詣之曰「吾二人在、何無人耶。」故號其国曰阿蘇。

現代語訳

(即位18年)6月3日。高来県(タカクノアガタ=現在の長崎県北高来郡・南高来郡・諫早市・島原市)から玉杵名邑(タマキナノムラ=現在の熊本県玉名郡・荒尾市・玉名市)に渡りました。その土地の土蜘蛛津頰(ツチグモツツラ)というのを殺しました。

6月16日。阿蘇国に到着しました。その国は郊原(ノ=野)は曠(ヒロ)く、遠くて、人の居(イエ)は見られませんでした。天皇は言いました。
「この国に人はいないのだろうか?」
そのときに二柱の神が現れました。
阿蘇津彦と阿蘇都姫といいます。たちまち人になって(天皇の前に)詣でて言いました。
「我々が二人います。
どうして人がいないなどと」
それでその国を阿蘇国といいます。
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解説

ツチグモツツ
どうも土蜘蛛は体の各部に特徴があるというネーミングみたいで、この「ツツラ」の「ツラ」は顔の「面」のことと
され、顔が「とんがっている」か「長い」か何かかと思われます。
阿蘇の神と文化
阿蘇というと阿蘇山。阿蘇山にある神社の神がこの阿蘇津彦と阿蘇都媛とされます。アソはそもそも「火山」という意味があったとされ、浅間山の「アサマ」も同様。日本人は「強いもの」「恐ろしいもの」を奉ることで、沈静化しようとする性質があります。この二神は阿蘇山を鎮めるために神格化し祀ったものでしょう。
あと、日本の神は大抵「一対」つまり「2柱でセット」になっています。阿蘇の神も同様です。

それはつまり九州の阿蘇の文化とは大和の文化と近いものだったということです。まぁ、自然に考えれば九州の文化を持った「大和朝廷」が畿内に国を立てて、10代以上かけて発展し、景行天皇時代についに凱旋したということでしょう。
●「何無人耶」を「何ぞ人無けむ」の「何ぞ」は「アソ」と読んだとして、「阿蘇」の語源とする説もあるが、日本語としてはおかしい(らしい)。

詣でる
阿蘇の神が天皇の前に現れることを「詣」という字で表現しています。常識で考えると「人」が「神」に詣でるものなのですが、天皇がアマテラスからの皇統を継ぐ「神」であるという設定から、天皇が詣でられる側に描かれているためでしょう。
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