水門の大倉主と菟夫羅媛

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仲哀天皇(八)水門の大倉主と菟夫羅媛

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原文

到水門、御船不得進。則問熊鰐曰「朕聞、汝熊鰐者有明心以參來、何船不進。」熊鰐奏之曰「御船所以不得進者、非臣罪。是浦口有男女二神、男神曰大倉主、女神曰菟夫羅媛。必是神之心歟。」天皇則禱祈之、以挾杪者倭国菟田人伊賀彦、爲祝令祭、則船得進。皇后別船、自洞海洞、此云久岐入之、潮涸不得進。時熊鰐更還之、自洞奉迎皇后、則見御船不進、惶懼之、忽作魚沼・鳥池、悉聚魚鳥。皇后、看是魚鳥之遊而忿心稍解。及潮滿卽泊于岡津。

現代語訳

水門(ミナト=岡水門=福岡県遠賀郡の遠賀川河口)に到着しました。御船(ミフネ=天皇の乗る船)が進まなくなりました。そこで熊鰐(ワニ)に問いました。
「わたしは聞きたい。
お前、熊鰐(ワニ)は清らかな心があって参上して来た。どうして船は進まないのか」
熊鰐は言いました。
「御船が進む事が出来ない理由は、臣(ヤツカレ)の罪ではありません。この裏の口(ホトリ)に男女(ヒコカミヒメカミ)の二柱の神が居ます。男神(ヒコカミ)を大倉主(オオクラヌシ)といいます。女神(ヒメカミ)を菟夫羅媛(ツブラヒメ)といいます。おそらく(船が進まないのは)この神の意志です」
天皇はすぐに祈祷して、挾杪者(カジトリ=舵取り)である倭国の菟田の人の伊賀彦(イガヒコ)を祝(ハフリ=役職名)として祭りました。すると船が前に進みました。

皇后は別の船に乗っていて、洞海(クキノウミ=福岡県北九州市洞海湾)より入りました。潮が引いて進めなくなりました。その時に、熊鰐(ワニ)がまた帰ってきて洞(クキ)から皇后を迎えました。船が進まないのを見て、畏まって、すぐに魚沼(ウオイケ)・鳥池(トリイケ)を作って、魚鳥を集めました。皇后はこの魚鳥が遊んでいるのを見て、怒りの心がだんだんと解けました。それで潮が満ちてきて、(船が進めるようになって)岡津(オカノツ)に泊まりました。
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性格・能力

祝(ハフリ)
祈祷などでの役職。神主・禰宜より下の役職で、何十人かの集団(だと思う)。よって伊賀彦は個人名ではなく、集団名かと思われます。
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