瀬田の済に 潜く鳥

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神功皇后(二十三)瀬田の済に 潜く鳥

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原文

于時、武內宿禰歌之曰、

阿布彌能彌 齊多能和多利珥 伽豆區苔利 梅珥志彌曳泥麼 異枳廼倍呂之茂

於是、探其屍而不得也。然後、數日之出於菟道河、武內宿禰亦歌曰、

阿布瀰能瀰 齊多能和多利珥 介豆區苔利 多那伽瀰須疑氐 于泥珥等邏倍菟

現代語訳

武内宿禰(タケノウチノスクネ)が歌(ウタヨミ)しました。
淡海(アフミ)の海(ミ)
瀬田(セタ)の済(ワタリ)に 潜(カヅ)く鳥
目にし見えねば 憤(イキドホロ)しも

歌の訳近江(=琵琶湖)の瀬田の渡しに潜る鳥が見当たらなくなったので、不安だなぁ

その屍(カバネ=ここでは忍熊王と五十狭茅宿禰の屍体)を探したのですが見つけられませんでした。その後、日にちが経って菟道河(ウジガワ=現在の京都府宇治川)に出ました。武内宿禰(タケノウチノスクネ)はまた歌(ウタヨミ)して言いました。
淡海(アフミ)の海(ミ)
瀬田(セタ)の済(ワタリ)に
潜(カヅ)く鳥 田上(タナカミ)過ぎて
菟道(ウジ)に捕へつ

歌の訳近江(=琵琶湖)の瀬田川の渡しで潜った鳥は、田上(=近江国栗太郡上田上村=現在の大津市田上関津町から栗太郡瀬田町桐生まで)を過ぎて、宇治川で捕まえた
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解説

近江
淡海と書いて「淡い(アワイ)」+「海(ウミ)」が詰まって「アフミ」、それが現在は「近江(オウミ)」となっています。淡い海というのは、淡水の湖のことで、それはつまり琵琶湖のことです。
瀬田川と宇治川
琵琶湖から大阪湾につながる川を琵琶湖側から、瀬田川(滋賀県)・宇治川(京都府)・淀川(大阪府)と名前を変えていきます。よって瀬田川で潜った鳥や忍熊王が、宇治川で現れるわけです。
潜る鳥
潜る鳥は「鵜(ウ)」とも言われています。つまり、ここで歌っている二つの歌の意味は、本来は戦争とはなんら関係のない、牧歌的な鵜匠の歌謡だったと思われます。鵜飼はかなり古い時代に日本に伝わってきたもので、「宗教儀式」であり、このような歌謡があったのでしょう。

ちなみに「イキドオル」は「息・通る」で、鼻を息が通る、つまり「大きなため息」という意味です。
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