石之日売命の嫉妬と黒日売

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石之日売命の嫉妬と黒日売

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現代語訳

仁徳天皇の大后(オオキサキ=正妻)の石之日売命(イワノヒメノミコト)はとても嫉妬深い女性でした。それで天皇にお仕えしていた妾(ミメ)は宮の中にも入ることができません。言立つ(コトダツ=恋の噂が立つ)ことなどあれば、足をジタバタさせて妬みます。

天皇は吉備の海部直(アマベノアタイ)の娘の黒日売(クロヒメ)が容姿端正(カタチキラキラ)しいと聞いて、呼びよせて仕わせました。しかし大后の妬みを恐れて本国(=つまり吉備)へ逃げ帰って行きました。

天皇は高台に居て、日売(ヒメ)の乗った船が出て行き、海に浮かんでいるのを見て歌いました。
沖方には 小船連らく
黑鞘の まさづ子我妹
国へ下らす

歌の訳沖には小舟が連なっている。(クロザヤの)愛しい我が妻が国へ帰って行くよ

大后はその歌を聞いてとても怒り、部下を大浦に派遣して、黒日売を船から追い立てて降ろして歩いて帰らせました。
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解説

歌は曖昧な
歌の「クロザヤ」が何を意味するのか、よく分かっていません。おそらく「まさづこ」か「まさ」の枕詞と思われます。歌の中の「まさづこ」もはっきりしません。黒日売(クロヒメ)の別名ではないかとも。
大浦
浦は港を意味しているので、特定の地名ではないと思われる。ここでは難波の海を指しています。多分。
嫉妬について
嫉妬というと大国主(オオクニヌシ)の妻のスセリビメが、ヤガミヒメを実質追い出すくだりも有名です。また仁徳天皇はヤタノワキイラツメの物語とつながることになります。

イワノヒメは葛城の出身であり、クロヒメは当然ながら吉備の海人の出身です。この時代では葛城は朝廷に強い影響力を持っていました。その一方で吉備も造山古墳といった建造物を残すほどに栄えていました。時代としては5世紀前半です。この二つの地域、二つの氏族の権力争いがこの「嫉妬の物語」の根本だと思われます。
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原文

其の大后、石之日賣の命、嫉妬甚多し。 故、天皇の使える妾は宮の中を臨むことを得ず。 言立つれば、足母阿賀迦邇嫉妬しき【母より下の五字は音を以ちてす】。 爾くして天皇、吉備の海部の直の女、名は黑日賣、其の容姿端正しと聞こし看して、喚し上げて使いき。 然れども其の大后の嫉むを畏みて、本の国に逃げ下りき。 天皇、高き臺に坐しまして、其の黑日賣の船の出でて海に浮ぶを望み瞻て、以ちて歌いて曰く、

淤岐幣邇波 袁夫泥都羅羅玖 久漏邪夜能 摩佐豆古和藝毛 玖邇幣玖陀良須

故、大后、是の御歌を聞きて大きに忿りて、人を大浦に遣し追い下して歩より追い去りき。
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