シャーマン国務次官の発言に対する韓国の反応の理由

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シャーマン国務次官の発言に対する韓国の反応の理由

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概要

まとめ
●シャーマン国務次官が日中韓の歴史問題について発言した。
●韓国では大きな問題となった。
●儒教では先祖と子孫は同一体という性質がある。
●韓国では過去の事件も、過去として消化せず、現在の韓国人にとって当事者に近い(他国に比べれば)。
●よってアメリカや日本のように「過去の問題は、もはや歴史であり、こだわらない」という姿勢は儒教の中韓では理解できない。

シャーマン国務次官「安っぽい喝采」

「政治指導者が過去の敵を非難することによって、安っぽい喝采を浴びるのは難しいことではない。しかし、このような挑発は進展ではなく機能停止をもたらす」


2015年アメリカの国務次官のシャーマンさんが発言しました。歴史をほじくり返して国内の指示を得ようとするんじゃないよ。それが国際問題にまで発展してるのはアメリカとしては甚だ迷惑だ、と。この発言は日本国内ではほとんど取り上げられることがありませんでした。日本はそもそも「未来志向」という感覚があるのです。もしも過去にこだわっているのならば、原爆や大空襲で何十万人も殺したアメリカとこれほど親密な関係を築くことは出来ないでしょう。そこを無視するって訳じゃなく、過少評価するのでもない。ただ、そこをほじくり返してもしょうがないってことです。

しかし、韓国では大問題となりました。
大問題となった理由は以下にあげるものとは別の要素もありますので、これがすべてとは思わないでください。ただ、大事な要素ではあります。
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過去と歴史の感覚が違う

儒教の先祖崇拝は「先祖と自分が同一体」という側面があります。だから、日本人や欧米の人が言うところの「過去」と儒教の影響を受けた韓国人・中国人の言うところの「過去」というのは意味が違います。日本人は自分が体験していないことは「歴史」です。昔、こんなことがあったという「過去の事実」です。わたしは戦争を経験していないので、物語や事実としては「戦争」を理解していますが、戦争はすでに歴史上のことだと思っています。よく日本で「戦争の記憶を風化させるな」という運動がありますよね。あれは戦争を経験していない世代が「戦争」を当事者として考えないからです。まぁ、これは他の国でも似たようなものです。

ですが、儒教ではちょっと違います。過去というのは「昔の出来事」であったとしても、先祖と同一体である以上、「自分も当事者」です。経験していなくても先祖が経験すれば当事者なんです。よって、歴史上の出来事は現在の韓国人にとって見過ごせない大問題です。そして、どこの国の人もそうですが、自分が考えるように他人も考えていると思うものです。だから韓国人はシャーマン国務次官の発言を理解できません。韓国人から見るとシャーマン国務次官も韓国人と同様に「歴史の当事者」と思っているんですね。シャーマン国務次官の父親は軍隊で日本軍と戦っているので、シャーマン国務次官も韓国人と同様に日本を憎み、恨んでいないとおかしいのです。儒教の考えではそうなります。でも、中韓人以外の国の人にとって「歴史は歴史」であり、現在の関係はそれとは別と考えています。
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根本は文化の違い

では日本を憎んでいるはずのシャーマン国務次官が日本擁護と取れる発言をするのは何故か? と韓国は考えます。
日本擁護の発言するには理由があるはずだ。
日本がロビー活動したからだ。
という結論に至ります。
なぜか日本が悪いという結論に至ります。
これらの認識の齟齬の原因は儒教から来る「文化の違い」…「過去と歴史」の捉え方の違いにあります。
はっきり言うと、中国と韓国が特殊なんです。
中国・韓国・朝鮮が他の世界とは違う感覚を持っているんですね。


ところでこの手の歴史認識に関して、日本が譲歩するべきだと主張する人がいますが、それは勘違いです。儒教の国と交渉するときに譲歩しても意味がありません。それどころか、譲歩すると問題はこじれて解決が長引きます。なぜ長引くのか? は、別途ページを書いていきたいと思います。
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