大韓航空ナッツリターン事件の理由と原因

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大韓航空ナッツリターン事件の理由と原因

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概要

まとめ
●儒教では上下関係が大事。
●上の人の言っていることは正しく。部下はそれを聞かなくてはいけない。
●たとえ上の人が事実と違うことを言っていても、下は聞かなくてはいけない。
●ナッツリターン事件では機長が上下関係を無視して反論したことが問題。
●日本・欧米では「事実」を元にして理論を組み立てて「善悪」が決まるが、儒教では「事実」の価値が低い。事実より「正しさ」。儒教は特殊な文化で理解しづらい。
●事実を元にしない正しさとは、結局「風評」。見方が多い方が勝ち、となる。
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ナッツリターン事件

この事件を「財閥」の問題としてしまうのは簡単です。日本でも昔は財閥がありましたし、どこの国にでも歴史のある大企業というのはあります。でも、大企業や財閥だからって、飛行機を止めてしまうのは普通じゃないですよね。特に飛行機というのは同乗している一般客がいるし、空港の都合があって、飛ぶ飛ばないを副社長でも決めていいことではありません。副社長のやったことは、「ナイフや銃の代わりに権力を使ってハイジャックした」と言っても過言ではありません。
どうしてそんなワガママが通ってきたのか?
日本人にとって、この事件の理解しにくいところは、「どうして副社長はそんなに激昂するのか?」ということと「どうしてそのワガママが通るのか?(通ってきたか?)」です。この事件の本質は儒教の上下関係にあります。
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儒教の上下関係を支えるロジック

儒教では上下関係が大事で、その上下関係によって社会秩序を保つためだと書きました。ではどういうロジックで上下関係を維持しているのでしょうか? どういう理由で上司を敬うのでしょうか?
性善説と上下関係
儒教は孔子が確立した学問です。この孔子の弟子に孟子という人物がいます。この孟子が唱えたのが「性善説」です。人間には生まれながらにして「善」であるという考えです。日本で「性善説」というと「人間は皆んな善人という呑気な考え」という印象がありますが、これが的外れ。性善説では人間には生まれながらに「完璧な能力」があるとされています。そしてその完璧な能力を全て引き出せば、誰もが「聖人」という完璧な人間になれるのです。でも、世の中のほとんどが「凡人」ですよね。この聖人と凡人の違いというのが「不道徳」です。本来ならば誰もが「聖人」の能力を持っているのに、不道徳が邪魔しているから凡人止まりなんです。つまり、能力が高い人ってのは「道徳」があるのです。その能力が高い人が、地位が高くなるのです。つまり、能力が高いということは、道徳がある、ということであり、道徳がある人が権力を握るってことになります。

上下関係と火病

これが上下関係を支えている儒教(朱子学)のロジックです。
能力と道徳と権力がイコールで結ばれているんです。
ということは、地位が高い権力者(副社長)は無条件で能力が高く、道徳のある正しい人間となります。部下である機長は上司(正しい人間)の言うことは聞かなくてはいけません。なにせ副社長は正しいのですから。ナッツのサービスが間違っていることを副社長が指摘したら、本来は黙って指示に従わないといけません。もちろん、本当の本当の本来は「飛行機内では機長に責任があり、一番偉い」のですよ。だから本来の本来は「副社長であっても飛行機内では機長に従わないといけない」のです。でも、それは今は端っこに置いておいてください。とにかく韓国のロジックでいうと、副社長(上司)の言うことを機長(部下)は聞くのが「正しい」わけです。

そうは言ってもナッツのサービスは間違っていなかった。副社長の指摘が見当違いだったのことが、のちに判明します。それは、本当はその場に居合わせた機内の社員も分かっていたことでしょう。でも、そういう問題ではありません。儒教では上下関係は絶対です。上司が間違っていても部下は否定してはいけない。なぜなら上司は道徳があり正しい人間だからです。……矛盾していますが、まぁ、そういうことです。

だから機長が反論すると副社長は激昂します。なぜなら「道徳(正しさ)」を傷つけられたからです。「正しくない」と部下に指摘されるということは、地位が揺らぐということです。なにせ「権力」の根拠が「道徳(正しさ)」だからです。「正しくない」ということは「副社長の器ではない」と言っているのと同じです。つまりナッツのサービスが正しいか間違っているかではなく、「上司を立てなかった」ことが激昂の理由です。

事実より正しさ

ここはとても大事です。
ナッツのサービスが正しいか間違っているか?という事実よりも、「自分を立てない」部下に激昂しているのです。これは日本や欧米の目から見ると単なるワガママだと言われても仕方のないことですが、それでも儒教の上下関係の中では当然のことです。よく韓国人が激昂することを「火病(ファビョン)」と言いますが、それも「正しさ」を傷つけられたからです。理屈ではありません。事実ではありません。「正しさ」を傷つけられたから火病を起こすのです。事実が関係ない以上、激昂して自分の正当性を訴えるしかありません。そうしてゴリ押しするのが韓国人の性質となります。
事実は関係ない
さらに注目して欲しいのは「事実は関係ない」ってことです。日本や欧米では「ナッツのサービスは間違っていなかった」という「事実」から「副社長の指摘は間違っていた」「だから副社長が悪い」というロジックで大きく取り上げられますが、そこはポイントではありません。それは日本や欧米が「事実」を元にして、分析し対応するのが「当たり前」だから、そう考えるだけなんです。
事実<正しさ
では韓国では何が大事かというとやっぱり「道徳」つまり「正しさ」です。「事実」ではなくて「正しさ」が大事です。しかし「事実」を抜きにして「正しい」というのは、どういうことを指しているのかというと、「風評」です。できるだけ多くの人に「正しい」と思われることが「正しい」の根拠となります。この考えが韓国の慰安婦活動にも関係してくるんですね。慰安婦に強制性がないことは明らかなんですが、それでもアメリカに慰安婦像を立てようと必死になる。国内に止める人はいない。なぜなら、「事実より正しさ」だからです。

大事なのは風評

韓国では風評がその人の正しさと地位を決めてしまいます。あくまで「事実」ではありません。理解しづらいですが大事なポイントです。だから欧米・日本のマスコミが「ナッツリターン副社長は頭がおかしい」と批判すると途端に「副社長バッシング」が始まるんです。
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