海人なれや、己が物から泣く

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仁徳天皇(五)海人なれや、己が物から泣く

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原文

既而、興宮室於菟道而居之、猶由讓位於大鷦鷯尊、以久不卽皇位。爰皇位空之、既經三載。時有海人、齎鮮魚之苞苴、獻于菟道宮也。太子令海人曰「我非天皇。」乃返之令進難波、大鷦鷯尊亦返、以令獻菟道。於是、海人之苞苴、鯘於往還。更返之、取他鮮魚而獻焉、讓如前日、鮮魚亦鯘。海人、苦於屢還、乃棄鮮魚而哭、故諺曰「有海人耶、因己物以泣。」其是之緣也。

現代語訳

すでに宮室(オオミヤ)を菟道(ウジ)に建ててそこに居ました。それでもなお、皇位を大鷦鷯尊(オオサザキノミコト)に譲っていましたので、長い間、皇位が空いていました。そこで皇位が空いている期間はすでに三年が経過しました。その時、海人が現れて、鮮魚(アザラケキイオ)を苞苴(オオニエ=天皇への贈り物)を持って菟道宮(ウジノミヤ)に献上しました。太子は海人に令(ノリゴト)して言いました。
「私は天皇ではない」
すぐに贈り物を返して難波(ナニワ=仁徳天皇が住んでいたところ)に進呈した。大鷦鷯尊(オオサザキノミコト)はまたその品を返して菟道(ウジ)に献上しました。それで海人の苞苴(オオニエ)は行ったり帰ったりするうちに腐ってしまいました。なので代わりに他の新しい鮮魚(アザラケキイオ)を取って献上しました。それでも譲りあって前日と同じようになりました。鮮魚はまた腐ってしまいました。海人は何度も帰って来るのが辛くて、鮮魚を捨てて泣いてしまいました。それで諺(コトワザ)に
「(海人ならともかく)海人でもないのに、自分の物で泣く」
というのはこれが所以です。
古事記の対応箇所
譲り合う兄弟
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解説

海人なれや、己が物から泣く
この諺は別に菟道稚郎子と仁徳天皇の間であった献上品の送り合いを元にしたものではなくて、以前からあった諺を物語の中に取り込んだ、というのが一般的な見方です。

どうやら元々は、「自分の物が原因で、自分が泣く」という状態を呆れて笑った諺らしいです。「自業自得」というべきでしょうか。でも「海人なれや」という言葉が付いているということは、「海人」ってのはちょっとおバカさんというイメージが古代の人にあったのかもしれません。海人なら自業自得はよくあることだけど、海人でもないお前がそんな自業自得をするなんてなぁ、みたいな。
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