三年の間、全ての課役を免除する

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仁徳天皇(十一)三年の間、全ての課役を免除する

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原文

三月己丑朔己酉、詔曰「自今以後至于三年、悉除課役、以息百姓之苦。」是日始之、黼衣絓履、不弊盡不更爲也、温飯煖羹、不酸鯘不易也、削心約志、以從事乎無爲。是以、宮垣崩而不造、茅茨壞以不葺、風雨入隙而沾衣被、星辰漏壞而露床蓐。是後、風雨順時、五穀豊穰、三稔之間、百姓富寛、頌德既滿、炊烟亦繁。

現代語訳

(即位4年)3月21日。
詔(ミコトノリ)して言いました。
「今より以後、3年は全ての課役(エツキ=税・公的な労働のこと)を免除して百姓の苦しみを和らげるのだ」
この日より白黒の模様の入った粗い絹糸の衣服を履いて、それがほつれてダメになるまでは新調しませんでした。温かいご飯、汁ものが腐って酸っぱくなるまで替えませんでした。心を削ぎ、控えめにしておごらず、静かに過ごしました。それで宮垣が破れても直さず、茅葺き屋根が乱れても吹き直しませんでした。風や雨がその隙間に入って衣服を濡らしました。星の光が屋根の隙間から漏れて、床を照らしました。

季節が巡り、五穀豊穣(イツツノタナツモノユタカ)になりました。三稔(ミトセ=3年)の間に百姓は豊かになりました。頌德(ホムルコエ=王の徳を讃える声)が満ち、炊烟(イイカシクケブリ=飯を炊く煙)がたくさんと登るようになりました。
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解説

黼衣絓履、不弊盡不更爲也、温飯煖羹、不酸鯘不易也、削心約志、以從事乎無爲
この部分は六韬(リクトウ)という中国の兵法書を参考にした文章だと言われます。ちなみに六韬(リクトウ)の著者はあの「封神演義」でおなじみの「太公望」とされます。
同様に中国の本の表現を借りている部分が日本書紀には見られます。そりゃ、日本語の物語を(本来のとは違うとはいえ)漢文で書いているのだから、表現を借りるのはしょうがない。それに日本書紀は全部ではなくパートにもよりますが、どうやら中国人が編纂に関わっているようで、それも表現拝借の原因でしょう。
腐って酸っぱくなる
日本人は神に料理を捧げるもので、神においしい料理を捧げることで世界はうまく回ると、考えていました。現在でも日本人が料理に対して情熱を注ぐのは「料理が美味しい」ってことは「世界を安定させる」ってことだからです。その捧げる料理を「腐って酸っぱくなるまで替えなかった」ってことだと想います。
三稔
日本では季節の巡りをとても重要視していました。春・梅雨・初夏・夏・秋・冬がちょうどよく巡ることで農作物が実るからです。だから「稔(ミノル)」を「ネン」と呼び、それが「1年」という周期を表す単位になったわけです。っだから「三稔」で「三年」と同意義なんです。どうして、ここだけ三稔なのかというと、仁徳天皇が三年は税を免除したことで、三回分の「実り」があったからでしょう。
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