アメノコヤネ

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アメノコヤネ

漢字・読み天児屋根神
別名天児屋命・天之子八根命・天兒屋命・中臣神
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概要

まとめ
●神と人を結ぶ神。
●藤原氏(中臣氏の祖神)。
●祝詞を唱える神。
●天の岩戸の物語でも登場し、ニニギに同伴して地上に降りる。

物語・由来

コゴトムスビ神(興台産霊神)の子供。中臣の祖神でもある。中臣氏は後の藤原氏。まぁ中臣氏といっても色んな中臣氏があって、その中から藤原氏が出るのですが、中臣氏も藤原氏も直系で並んでいるのでなくて、ねずみ算式に増えて、その中の一つという風にボンヤリと考えた方がいいです。
中臣氏
藤原氏というと、天皇の妻に自分の娘を嫁がせることで影響力を持ち、摂関政治を行ったと書くとピンと来ると思います。このサイトの中でも中臣氏はちょくちょく出てきて、「中臣氏の祖神」という書き方は何度か見られます。その中でもこのアメノコヤネ神は、中臣という名前の由来である、「神と人の中を取り持つ」という意味ではそのものズバリという感じです。
祝詞の神
アメノコヤネは天の岩戸にアマテラスが隠れた時に、アメノフトダマ神とともに儀式を執り行います。アメノコヤネが「太祝詞(フトノリト)」を唱え、アマテラスを褒め称える…まぁおだてて、岩戸からおびき出します。アメノコヤネは口のうまいお調子者…というわけではなく世界に太陽を取り戻した功労者というわけです。
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引用

思金神の策
次に天児屋命(アメノコヤネノミコト)と布刀玉命(フトダマミコト)を呼び、天の香具山の鹿の骨を抜き取って、同じく天の香具山の桜の木で占いをさせました。
そして、天の香具山のサカキの木を一本抜いてきて、上に玉緒を、中段に八咫鏡(ヤタノカガミ)を、下段には白丹寸手(=白い布)と青丹寸手(=青の布)を垂らしました。
その飾ったサカキを布刀玉命(フトダマミコト)が持ち、天児屋命(アメノコヤネノミコト)が祝詞を唱え、天手力男神(アメノタヂカラオノカミ)が岩戸のそばに隠れて立ち、天宇受売命(アメノウズメノミコト)が日陰蔓(=ヒカゲカズラ【植物名】)をたすきがけにし、マサキカズラ(植物名)を髪に飾り、手には笹の葉を束ねて持ち、桶を伏せてその上に立って踏みならしました。

日の光が戻る
アメノウズメがそう)言っている間に、天児屋命(アメノコヤネノミコト)と布刀玉命(フトダマノミコト)がその鏡を天照大御神アマテラスオオミカミ)に指し出して見せると、不思議がって、岩戸から覗きこみました。

五柱と共に降臨
天児屋命(アメノコヤネ命)・布刀玉命(フトダマ命)・天宇受売命(アメノウズメ命)・伊斯許理度売命(イシコリドメ命)・玉祖命(タマノオヤ命)のあわせて五伴緒(イツノトモノオ=5つのお伴をするもの)をニニギ命に従わせて、天降りさせました。

五伴緒の子孫
天児屋命(アメノコヤネノミコト)は中臣連(ナカオミノムラジ)の祖神です。

第七段本文-2 八十万とも言われる多数の神々は
中臣連(ナカトミノムラジ)の遠い祖先の天兒屋命(アメノコヤネ)と忌部(イムベ)の遠い祖先の太玉命(フトダマ)が、天香山アメノカグヤマ)の五百箇の眞坂樹(イホツノマサカキ=よく茂った榊【サカキ・樹木名】)を掘り出し、上の枝には八坂瓊の五百箇御統(ヤサカニノイホツミスマル=大きな勾玉をたくさん紐で連ねたもの)を掛け、中ほどの枝には八咫鏡(ヤタノカガミ)を掛け、

第七段一書(二)-2 吉棄物・凶棄物・白和幣・青和幣
中臣氏の遠い祖先の天兒屋命(アメノコヤネ)はこれらの準備したもので、神を祀り祝いました。

これで日の神は岩戸を開いて出てきました。そのときに鏡を岩屋に入れたのですが、戸に当たって傷が付いてしまいました。その傷は今でも在ります。この鏡が現在の伊勢神社の大神です。

第七段一書(三)-2これほど素晴らしい歌は聞いたことが無い
日の神は天の岩屋に籠ってしまいました。神々の中は、中臣連(ナカトミノムラジ)の遠い祖先である興台産靈(コゴトムスビ)の子供の天兒屋命(アメノコヤネ)に祈らせました。

そのとき、アメノコヤネは天香具山(アメノカグヤマ)の眞坂木(マサカキ=植物名)を掘り出して、上の枝には鏡作(カガミツクリ)の遠い祖先の天拔戸(アマノヌカト)の子供の石凝戸邊(イシコリトベ)が作ったが作った八咫鏡(ヤタノカガミ)を掛け…

第七段一書(三)-3旅人・雨・笠・蓑
また神々は天兒屋命(アメノコヤネ)に祓いの太諄辭(フトノリト=太祝詞)を歌わせました。

第九段一書(一)―4天津日嗣は天地の在る限り永遠です
また、中臣氏の先祖の天兒屋命(アメノコヤネノミコト)、忌部(イムベ)の先祖の太玉命(フトダマノミコト)、猿女の先祖の天鈿女命(アメノウズメノミコト)、鏡作(カガミツクリ)の先祖の石凝姥命(イシコリドメノミコト)、玉作(タマツクリ)の先祖の玉屋命(タマノヤノミコト)、以上の五部(イツトモノオ)の神をニニギに同伴にさせました。

第九段一書(二)—3大物主神を祀った始まり
天兒屋命(アマノコヤネノミコト)は神事を司る宗源者(モト=取り仕切る人?)です。だから、天兒屋命(アマノコヤネノミコト)は太占(フトマニ=占いの名前)の卜事(ウラゴト=占い)をして神事に参加しました。

第九段一書(二)—4齋庭の穂を、我が子オシホミミに
また、天兒屋命(アマノコヤネノミコト)・太玉命(フトダマノミコト)に命じました。
「お前たち二柱の神(=アマノコヤネとフトダマ)は、宮殿に(アメノオシホミミと)共に居て、守っておくれ」
また命じて言いました。
「私が高天原(タカマガハラ)で食べている齋庭の穂(ユニワノイナホ)を、我が子(=オシホミミ)に授けましょう」

第九段一書(二)—4齋庭の穂を、我が子オシホミミに
それでこの皇孫(=ニニギ)を親(=オシホミミ)の代わりに地上に降ろそうと思いました。それで天兒屋命(アマノコヤネノミコト)・太玉命(フトダマノミコト)や諸部神(モロトモノオノカミ=その他大勢の神々)を同様に授けました。また服御之物(ミソツモノ=身の回りの品々)を一つも前と変わらず、授けました。
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