毛の先ほども弟姫を妬んでいませんが……

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允恭天皇(十四)毛の先ほども弟姫を妬んでいませんが……

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現代語訳

即位9年春2月。允恭天皇は茅渟宮(チヌノミヤ)へ行きました。
秋8月允恭天皇は茅渟へ行きました。
冬10月允恭天皇は茅渟へ行きました。
即位10年春1月允恭天皇は茅渟へ行きました。
皇后は言いました。
「わたしめは毫毛(ケノスエ=毛の末=毛の先ほども)も弟姫(オトヒメ)を妬んではおりません。しかし恐れていることがあります。陛下がしばしば茅渟(チヌ)へと行くことです。それで百姓(オオミタカラ)が苦しんでいるのではないかと。願わくは、車駕(イデマシ=車で出かけること)の数を減らしてください」
この後は茅渟には稀にしか行かなくなりました。
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解説

前のページで皇后が妬むからと奈良の藤原宮から河内の茅渟宮へと引っ越した弟姫(=衣通郎姫)。飛鳥に宮があったのですから、河内の茅渟宮までは距離はあるわけです。これで皇后は安心、かと思えば、距離をものともせず、允恭天皇は逢引をした。皇后としては妬み・怒りを通り越して「呆れた」ってところじゃないでしょうかね。
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原文

九年春二月幸茅渟宮、秋八月幸茅渟、冬十月幸茅渟。十年春正月幸茅渟、於是皇后奏言「妾、如毫毛、非嫉弟姫。然、恐陛下屢幸於茅渟、是百姓之苦歟。仰願宜除車駕之數也。」是後、希有之幸焉。
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