吉備上道采女大海を世話役としてつける

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雄略天皇(三十二)吉備上道采女大海を世話役としてつける

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原文

於是、紀小弓宿禰、使大伴室屋大連憂陳於天皇曰「臣、雖拙弱、敬奉勅矣。但今、臣婦命過之際、莫能視養臣者。公、冀將此事具陳天皇。」於是、大伴室屋大連具爲陳之、天皇聞悲頽歎、以吉備上道采女大海、賜於紀小弓宿禰、爲隨身視養。遂推轂以遣焉、紀小弓宿禰等、卽入新羅、行屠傍郡。(行屠、並行並擊。)新羅王、夜聞官軍四面鼓聲、知盡得喙地、與數百騎亂走。是以、大敗。

現代語訳

紀小弓宿禰(キノオユミノスクネ)は大伴室屋大連(オオトモノムロヤオオムラジ)に天皇のことで憂いて(心配して)陳情しました。
「わたしはめは拙弱(オジナシ=拙く弱い)といっても慎んで勅(ミコトノリ=天皇の命令)を承りました。ただ今は、わたしめの婦(メ)が死ぬ間際なのです。わたしめを世話することができる者はいません。公(キミ=ここでは大伴室屋)、願わくば、このことを詳細に天皇に申し上げてほしい」
大伴室屋大連は、詳細に申し上げました。天皇はそれを聞いて悲しみ嘆いて、吉備上道采女大海(キビノカミツミチウネメノオオシアマ)を紀小弓宿禰に与えて、従えて身の回りの世話をさせました。推轂(アイタスケテ=天子が将を派遣するために車を用意すること)して派遣しました。そうして紀小弓宿禰たちは新羅に入りました。そのいく先々で郡(コオリ)を屠(ホフリト)りました。
行屠は並んで行き、並んで撃つことです(=次々に撃っていったということ?)。

新羅の王は夜、官軍の四面に鼓声(ツヅミウツオト)を聞いて、喙(トク=朝鮮の地域名)の土地をすべて得たとわかり、数百の騎馬兵と混乱して逃げました。(新羅が)大敗しました。
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解説

紀小弓宿禰は妻がもう死にそうで戦争についてこれず、身の回りの世話をする人がいなかったわけです。それを知った天皇は吉備上道采女大海を世話役として付けた。

吉備上道は吉備の東の地域のこと。采女は「氏族が朝廷に仕えさせた女性」のことで、いわば役職名で個人名ではありません。だからここで個人を表す名前は「大海」です。こんな名前をつけるのですから、「海人族」だったのかもしれません。分かんないけど。
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