雄略天皇(三十六)角臣の始まり

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雄略天皇(三十六)角臣の始まり

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原文

別小鹿火宿禰、從紀小弓宿禰喪來、時獨留角国、使倭子連連、未詳何姓人奉八咫鏡於大伴大連而祈請曰「僕、不堪共紀卿奉事天朝。故、請留住角国。」是以、大連爲奏於天皇使留居于角国。是、角臣等初居角国而名角臣、自此始也。

現代語訳

小鹿火宿禰(オカイノスクネ)は紀小弓宿禰の葬式のためにやって来ました。そのとき、独りで角国(ツノノクニ=周防国都濃郡都濃郷)に留まりました。倭子連(ヤマトゴノムラジ)……
この連はなんの姓の人なのか詳しく分かりません。

を遣わして八咫鏡(ヤタノカガミ)を大伴大連(オオトモノオオムラジ)に献上して、祈り請いました。
「わたしめ、紀卿(キノマヘツノキミ=紀氏のこと)と共に天朝(ミカド)にお仕えるのは耐えられません。だから請い願います。角国に留まらせて欲しいです」
それで大連は天皇に申し上げて、角国に留まり居らせました。この角臣たちは、最初は角臣に居ました。角臣と名付けられるのはこれが始まりです。
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解説

小鹿火宿禰が言う紀氏とは
一般には紀大磐宿禰(キノオオイワノスクネ)と言われています。大磐宿禰は小弓宿禰の子です。小弓宿禰は新羅に派遣されたのですが、戦地で病死。その後釜としてやってきたのが子の大磐宿禰でした。大磐宿禰は後からやってきたのに、小鹿火宿禰が管轄していた軍隊・官僚を掌握したことから、小鹿火宿禰から恨まれ、小鹿火宿禰が韓子宿禰に「あなたの地位を大磐宿禰が狙っている」と忠告されたために、韓子宿禰が大磐宿禰を暗殺しようとして、逆に韓子宿禰が殺されちゃいました。

そういう内紛があって、小鹿火宿禰は紀大磐宿禰を嫌っているわけです。
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