星川王の危険性

MENU
TOP>雄略天皇(日本書紀)>雄略天皇(五十九)星川王の危険性

雄略天皇(五十九)星川王の危険性

TWEET Facebook はてブ Google+ Pocket

現代語訳

今、年を若干を越えた。(この年では)命短いとは言えないだろう。筋力、精神は一時からは衰え、すでに尽きてしまった。このようなことは、本より我が身のためではない。ただ百姓と安らかにし、養おうとしただけだ。だからこそ、こうして天皇の役割を果たしてきた。子孫の誰かに念(オモウココロ)を引き継ぎたい。天下のために仕事も心も割り振って尽くすべきだ。今、星川王(ホシカワノミコ)は心に道理のもとる悪いものを抱いて、行動は友于(コノカミオトヒト=兄弟の義理)に欠けている。古の人は言った。
『臣を知ることは、君主に及ぶものはない。
子を知ることは父に及ぶものは無い』
意訳部下をよく知っているのは君主。子をよく知っているのは父。

もし、仮に星川が臣下の心を掴んで、国家を治めれば、必ず恥辱を受け殺戮され、臣連(オミムラジ)だけでなく、酷い毒が庶民に流れていくだろう。その悪い子孫は百姓に疎まれ嫌われる。良い子孫は十分な大業という荷を負うに耐えるだろう。これは朕の家のことといっても、(国の運営に関わることであり)道理として隠すべきではない。大連たち、民部(カキベ=国民)も広く国に満ちている(のだから隠すべきではない)。皇太子は儲君上嗣(マオウケノキミ=次の天皇候補)であり、仁孝(ヒトヲメグミヤニシタガウミチ=儒教で尊ばれたもの「仁」「孝」)が現れていると聞いている。その行業(シワザ)を思うに、朕の志を成すに十分耐えうるだろう。だから、天下を臣下と共に治めれば、朕が瞑目(シ=目を瞑るで死)ぬといえども、どうして後悔するところがあるだろうか」
ある本によると、
「星川王は腹黒く、心が荒々しいと天下に知られていました。不幸にして朕が崩御した後に、皇太子を破るだろう。お前たち、民部は多い。気をつけて、助け合え。慢心して侮るなよ」と言った。
Pre<<<  >>>Next 
スポンサードリンク

解説

星川王について
吉備の稚姫の子です。で、稚媛というと雄略天皇があまりに美人だからと「吉備上道臣田狭」の妻だったのに、田狭を任那へと飛ばして、そのまま寝とったという経緯があります。

それだけでなく田狭は新羅へと助けを求め、朝廷に反逆しました。それで寝とった稚媛の子、星川王を雄略天皇は「あいつヤバイ、気をつけろ」と遺言するのです。

まぁ、自業自得という感じですが、ちょっと待て。

この物語、安康天皇と眉輪王の関係と近いんですよね。安康天皇は政敵だった大草香皇子を殺し、その妻である中蒂姫を皇后としました。そして、大草香王の妹である幡梭皇女を次の雄略天皇の妻として与えました。そして安康天皇は大草香皇子の忘形見の眉輪王に暗殺されました。

安康天皇と眉輪王の関係と、雄略天皇と星川王の関係は近いんですよね。もちろん、偶然かもしれません。天皇は権力者だからよくあることだったのかもしれません。それに星川王はこのあと母・稚媛の言葉に従って戦争を仕掛けます。当然失敗し殺されます。

あくまで単独犯で衝動的だった眉輪王とは「意味合い」がかなり違いますよね。だから史実かもしれないし、なんとも言えないですね。
葛城の影
清寧天皇の母親は韓媛。この韓媛の父親が葛城円大臣です。ただしこの葛城円大臣は眉輪王を家にかくまって庇い、雄略天皇に殺されています。そしてまた稚媛も別伝の中で「葛城の子孫」とされています。つまり、星川王も清寧天皇もどちらも「葛城氏」の血を引いているわけです。
スポンサードリンク

原文

今年踰若干、不復稱夭、筋力精神、一時勞竭、如此之事、本非爲身、止欲安養百姓、所以致此、人生子孫、誰不屬念。既爲天下、事須割情、今星川王、心懷悖惡、行闕友于。古人有言『知臣莫若君、知子莫若父。』縱使星川得志、共治国家、必當戮辱、遍於臣連、酷毒流於民庶。夫惡子孫、已爲百姓所憚、好子孫、足堪負荷大業、此雖朕家事、理不容隱、大連等、民部廣大、充盈於国。皇太子、地居儲君上嗣、仁孝著聞、以其行業、堪成朕志。以此、共治天下、朕雖瞑目、何所復恨。」一本云「星川王、腹惡心麁、天下著聞。不幸朕崩之後、當害皇太子。汝等民部甚多、努力相助、勿令侮慢也。」
Pre<<<  >>>Next 
スポンサードリンク

SNSボタン

TWEET Facebook はてブ Google+ Pocket

ページ一覧

編集