大伴金村連は太子に尊号を奉り、大連となる

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武烈天皇(九)大伴金村連は太子に尊号を奉り、大連となる

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現代語訳

(仁賢天皇即位11年)12月。大伴金村連(オオトモノカネムラノムラジ)は賊(アタ=敵)を平定し終えて、政(マツリゴト)を太子に返しました。尊号(ミナ)を奉ろうと申し上げて言いました。
「今、億計天皇(オケノスメラミコト=仁賢天皇)の子はただ、陛下のみであります。億兆(オオミタカラ=百姓=国民)が帰属するところは、未だかって二つとありません。また皇天(アメ)の助けられる頼(ミタマノフユ=霊威のこと)によて、凶党(アタ)を浄め祓い除きました。英略雄断(スグレタルハカリコトヲシキタバカリ=すばらしい策略と勇猛な決断)で天威天禄(アマツイキオイアマツシルシ=天の威光と天の位)を盛り立てましょう。日本(ヤマト)には必ず、主(キミ)がいます。日本に主とするのが陛下でないなら誰だというのでしょうか。伏して願います。陛下を仰いで霊祗(アマツカミクニツカミ)に答え、大いなる天命を広く宣べ、日本を光で照らしてください。大いに銀鄕(タカラノクニ=日本のこと)を受けてください」
太子は有司(ツカサ=官僚・役人)に命じて、壇場(タカミクラ=高台)を設置して、天皇に即位しました。それで都を定めました。この日に大伴金村連を大連としました。
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解説

武烈天皇の誕生
この文章を読む限りは、前の仁賢天皇が崩御してから、武烈天皇が即位するまでには、混沌とした期間があったという印象を受けます。

確かに「武烈天皇(二)平群真鳥の専横と物部麁鹿火の娘の影媛」によると、仁賢天皇が崩御してから、平群真鳥は武烈天皇のための宮をつくると見せかけて、出来上がると、真鳥が住んじゃったとあります。つまり、平群真鳥が天皇にとって変わろうとしたのでしょうね。それで、社会が混乱した。その間に鮪臣と影媛と武烈天皇の恋の三角関係が入って、物語上ゴチャっとしましたが、ようは平群真鳥が権力を奪おうとして結局、大伴金村にやられて、武烈天皇が即位したわけです。

正直な話、天皇はこの頃すでに、平安時代の藤原氏のように、傀儡政権というか、お飾りになっていたんじゃないかと思うんですよね。ただし、武烈天皇はそれに反発した天皇なんでしょうけど。
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原文

十二月、大伴金村連、平定賊訖、反政太子、請上尊號曰「今、億計天皇子、唯有陛下。億兆欣歸、曾無與二。又、頼皇天翼戴、淨除凶黨。英略雄斷、以盛天威天祿。日本必有主、主日本者非陛下而誰。伏願、陛下、仰答靈祗、弘宣景命、光宅日本、誕受銀鄕。」於是、太子、命有司設壇場於泊瀬列城、陟天皇位、遂定都焉。是日、以大伴金村連爲大連。
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