妊婦の腹を割いて胎児を見る・生爪をはがして芋を掘らせる

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武烈天皇(十)妊婦の腹を割いて胎児を見る・生爪をはがして芋を掘らせる

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原文

元年春三月丁丑朔戊寅、立春日娘子爲皇后。未詳娘子父。是年也、太歲己卯。

二年秋九月、刳孕婦之腹而觀其胎。三年冬十月、解人指甲、使掘暑預。

現代語訳

即位1年春3月2日。春日娘子(カスガノイラツメ)を皇后としました。
その娘子(イラツメ)の父は分からない。

この年、太歲己卯でした。

即位2年秋9月に孕んだ婦女の腹を割いて、その胎児を見ました。

即位3年冬10月。人の指甲(ナマヅメ)を抜いて、暑預(イモ)を掘らせました。

解説

衝撃的なお話
武烈天皇は残虐。というのが日本書紀での評価のようです。わたしはこの残虐という人物評の根本が、武烈天皇が「法治主義」に傾倒したからではないか?と考えています。

それで婦女の腹を割いたり、生爪を剥いでイモを掘らせるというのは、「刑罰」のことじゃないかと思うのですね。

例えば、「窃盗は死刑」としましょう。ある日、貴重な食料の…神に供える食料か、天皇に捧げる食料か…盗難事件が起きた。犯人を捕まえてみると妊婦だった。妊婦はお腹が空いていた。このままでは死んでしまう。自分だけでなくお腹の子供まで死んでしまう。それならばと、窃盗した。こういう事件が起きたとき「徳治主義」というのは「情状酌量」するんですよ。なんなら罰しません。ところが「法治主義」の場合は、「窃盗が死刑」と決まっていたら死刑です。全てのことを法令に決めていて、そのルールに基づいて裁判を行うから、公平な裁判ができる…というのが法治主義だからです。仮に「妊婦の窃盗は刑を軽くするよ」という法令が決まっていたら、そういう判断もできるのです。でも、そういう文言が無ければ、定められた通りに罰する。これが法治主義です。極端ですけどね。
徳治主義と法治主義
こういうと徳治主義の方が良いような気がしますが、徳治主義というのは権力者の意のままに法令を利用できる(というか法令を無視する)ところに問題があります。例えば徳治主義の現代の中国の場合、株が暴落したら「株取引禁止」です。そんなルールにない無茶苦茶ができるのは法を無視していい「徳治主義」だからこそです。これではさらなる混乱を招くだけ。中国の場合は、そもそも法とかルールに厳格にあろうという考えを持った人がいないのだから、何だって出来るんです。

武烈天皇はそういう「法治主義」だったんじゃないかと思うのですよ。そうして決められた法令を厳格に採用して国家を運用しようとした。おそらくは日本はこれまで厳格に法治国家を運営しようとしたことがありませんでしたから、齟齬もあったでしょうし、周囲から見ると奇異に見えたのではないかと思うのです。それが残虐な描写の根ではないかと。
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