枝孫の中の賢者・男大迹王はすでに帝のよう

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継体天皇(四)枝孫の中の賢者・男大迹王はすでに帝のよう

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原文

元年春正月辛酉朔甲子、大伴金村大連、更籌議曰「男大迹王、性慈仁孝順、可承天緖。冀慇懃勸進、紹隆帝業。」物部麁鹿火大連・許勢男人大臣等、僉曰「妙簡枝孫、賢者唯男大迹王也。」丙寅、遣臣連等、持節以備法駕、奉迎三国。夾衞兵仗、肅整容儀、警蹕前駈、奄然而至。於是、男大迹天皇、晏然自若、踞坐胡床、齊列陪臣、既如帝坐。持節使等、由是敬憚、傾心委命、冀盡忠誠。

現代語訳

即位元年春1月4日。大伴金村大連(オオトモノカネムラノムラジ)はまた話し合って言いました。
「男大迹王(オオドノオオキミ=継体天皇)は性格は慈しみや仁愛があって、孝順(オヤニシタガウ)の気持ちがある。天緒(アマツヒツギ=天皇の位)を受け継ぐべきだ。願わくば、慇懃(ネンゴロ=親しく)に進めて、帝業(アマツヒツギ)を受け継ぎ、国を盛んにしていこう」
物部麁鹿火大連(モノノベノアラカイノオオムラジ)・許勢男人大臣(コセノオヒトノオオオミ)たちは、皆、言いました。
「枝孫(ミアナスエ=枝からさらに別れた枝のこと=継体天皇が分家の分家であることを示している)の中から、吟味して選べば、賢者(サカシキミコ)はただ男大迹王だけだ」

6日に臣・連たちを派遣して、節(シルシ)を持ち、法駕(ミコシ)を準備して、三国(ミクニ=地名)に迎えに行きました。兵仗(ツワモノ=兵器)で挟み守り、容儀(ヨソオイ=装い)を粛々と整えて、前駈(ミサキ=先頭)で警蹕(オ=声を上げて人を払うこと)い、奄然(ニワカ=急に)に到着しました。すると男大迹王(オオドノミコ)は静かにいつものように自然にしていて、胡床(アグラ)をして座っていました。陪臣(サブラウヒト=従者)を整列させ列にして、すでにまるで帝がいるようでした。節(シルシ)を持つ死者たちは、それでかしこまって、心を傾け、命を寄せて、忠誠を尽くしたいと願うほどえした。
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解説

選ばれた王
儒教の感覚では王様は選ばれてなるもので、自分から俺が俺がとなるものではないのですね。まぁ、実際はそんなことは無いのでしょうけども。それで物語上は継体天皇は、大臣・大連に請われて、天皇になった。

その中で「枝孫」という言葉あって、これは「枝から枝が出ること」で、暗に分家で天皇の血を引いている人はたくさんいたよ。という意味になっています。つまり、継体天皇は残された一人というわけではなく、他にも天皇の血を引いた天皇候補は居た。前のページで逃げ出した倭彦王もその一人だった。

そんなの創作かもしれない、と突っ込むかもしれません。でも、「継体天皇しか天皇の血を引く人は居ない」と書いた方が継体天皇の意義は高まる筈です。いくらでも創作できるのであれば、ここは「枝孫の中の賢者」とは書かないでしょう。
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