サルタヒコ

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サルタヒコ

漢字・読み猿田彦神
別名猿田毘古神・猿田彦大神
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概要

●猿田彦という名前は「先導」を意味する琉球語から来ているとも。
●サは稲の神、「ル」は「……の」という意味で、「タ」は「田」で、「稲神の田」という意味とも言われる。
●「サルタ」は伊勢の狭長田(サナダ)や、佐那の県、佐多の岬に関係しているとも。
●結局、よくわからない。
●最後に比良夫貝(ヒラブガイ)に噛まれて海で溺れて、底度久御魂・都夫多都御魂・阿和佐久御魂という三柱の海の神を生んでいる。宗像三女神住吉三神と海に関わる神は三人組。
●これらから伊勢の漁労神で、伊勢志摩の海人族の神だったという見方も。
●記紀の活躍からサルタヒコは天と地と海を繋ぐという重要な神という見方も出来る。
●二見興玉神社(フタミオキタマジンジャ)の沖合、伊勢湾の夫婦岩の近くにはサルタヒコの御神体の興玉石(オキタマイシ)が眠っている、と言われている。
●サルタヒコが道祖神としての性質を持ったのは記紀で先導をしたから、かも。つまり記紀があって、後の道祖神と集合したのかも。
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物語・由来

天孫降臨の道の途中
ニニギ命が日本(葦原中国)に降り立つことになりましたが、その道の途中に妙な神が居る。そこでニニギが天の岩戸前で踊ったあのアメノウズメ神に「ちょっと聞いてきて」と命じた。アメノウズメ神はその奇妙な神の前に立つと、胸元をはだけ、紐をほどいて女性器をあらわにして(!)その神にここで突っ立っている理由を尋ねた。すると、その神はサルタヒコ神と名乗り、「天孫ニニギ命が降臨すると聞いて道案内にやってきた」と答えます。サルタヒコはその言葉通りにニニギ一行を高天原から日向の高千穂(=鹿児島県諸県郡の霧島山や宮崎県臼杵郡の高千穂など諸説ある)へと案内しました。
アメノウズメと結婚
役目を終えたサルタヒコは故郷の伊勢国へと帰り、アメノウズメと結婚。五十鈴川のほとりに住んだ。アメノウズメはサルタヒコの「猿」を取って猿女君(サルメノキミ)と名乗るようになり、それが猿女氏になったとされます。
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性格・能力


ニニギ命が天孫降臨する際に、道のど真ん中でとおせんぼしていたのがサルタヒコ神。鼻が1.2m、身長は12.6mというのだから巨人の神さまです。口と尻が光っていて、目は八咫鏡のように丸くて大きくて紅いホオヅキのよう。日本の神々は感じるものであって、身体的な特徴はあまりない場合が多いのに、サルタヒコだけは別。これだけハッキリと特徴が書かれ、その特徴が印象に残るほど強烈なのは何故でしょう。
道祖神
旅人を守る道祖神として祀られます。道祖神の元がサルタヒコというわけではなく、元々道を守っていた神に重ねたという意味合いです。道祖神は男女揃いで祀られるのも理由かもしれません。
道祖神の中には男性器をかたどったモノもあり、それがサルタヒコの長い鼻と結びついたかどうかはわかりませんが、サルタヒコには性病避け、安産、縁結び、子育てといった身近な御利益もあります。
元々は太陽神
眼は鏡のように丸くてホオズキのように赤く、口とお尻が光る――サルタヒコはもともとは伊勢地方の海人が信仰していた太陽神といわれています。太陽を浴びて育つ穀物――アマテラス同様に太陽神であり穀物神ではないかと言われます。
参考:インドから来た外来神のサルタヒコ(仮説)

神社や関連する土地

椿大神社
白髭神社
平野神社
巻掘神社
高山稲荷神社
志和稲荷神社
椋神社
都波岐・奈加羅神社
二見興玉神社
猿田彦神社
伏見稲荷神社
大麻比古神社
祐徳稲荷神社

個人的コラム

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