河内馬飼首御狩の拳骨・新羅軍による村の略奪・巨勢男人の死

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継体天皇(三十七)河内馬飼首御狩の拳骨・新羅軍による村の略奪・巨勢男人の死

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現代語訳

伊叱夫礼智(イブレチ)が率いた士卒等(イクサノヒトドモ=兵士たち)は聚落(ムラサト=集落=村里)で食べ物を乞いました。毛野臣の傔人(トモナルヒト=従者)の河内馬飼首御狩(カフチノウマカイノオビトミカリ)の家にも食べ物を求めて立ち寄りました。御狩(ミカリ)は他人の家の門に入り隠れて、乞う者が過ぎるのを待って、手を握って(=ゲンコツを握って)、遥か遠くから殴る真似をしました。乞う人はそれを見て言いました。
「謹んで三ヶ月待って、勅(ミコトノリ)の主旨を聞こうとしていましたが、未だ尚、肯宣がありません。勅をいただく使者を悩ましている、というのは偽りで、上臣(マカリダロ=新羅での大臣のこと)を誅殺しようとしているというのが分かった」
その所見(アルカタチ)を詳細に上臣に述べました。上臣は4つの村を襲い略奪しました。金官(コムクワン)・背伐(ヘボツ)・安多(アタ)・委陀(ワダ)です。
ある本によると、多多羅(タタラ)・須那羅(スナラ)・和多(ワタ)・費智(ホチ)の四つの村といいます。

ことごとく人物(オオミタカラ)を得て、本国に入りました。ある人は言いました。
「多多羅の4つの村を掠め取られたのは毛野臣の過失だ」と。

秋9月。巨勢男人大臣が亡くなりました。
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解説

勅宣を待つ新羅。三ヶ月待っていたので食料がなくなり、ついには村を襲う。新羅日本書紀では一貫して「悪」と描かれているような気がしますが、この記事では、新羅の「村の略奪」にも「それなりに訳があるんだぜ」と擁護する内容ととも取れます。もしも、新羅を「悪」とするのならば、この記述は不要です。

この記事を「史実」と捉えるのかはともかく、この記事が書かれたのは何か理由があったはずです。
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原文

伊叱夫禮智所將士卒等、於聚落乞食、相過毛野臣傔人河內馬飼首御狩。御狩、入隱他門、待乞者過、捲手遙擊。乞者見云「謹待三月、佇聞勅旨、尚不肯宣。惱聽勅使、乃知欺誑誅戮上臣矣。」乃以所見、具述上臣。上臣抄掠四村、金官・背伐・安多・委陀、是爲四村。一本云、多多羅・須那羅・和多・費智爲四村也。盡將人物、入其本國。或曰「多々羅等四村之所掠者、毛野臣之過也。」秋九月、巨勢男人大臣薨。
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