勾金橋への遷都・春日山田皇女を皇后に

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安閑天皇(二)勾金橋への遷都・春日山田皇女を皇后に

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現代語訳

即位1年春1月。大倭国(ヤマトノクニ)の勾金橋(マガリノカナハシ)に都を移しました。それで宮号(ミヤノナ)としました。

3月6日。有司(ツカサ=役人・官僚)は天皇のために億計天皇(オケノスメラミコト=仁賢天皇)の娘の春日山田皇女(カスガノヤマダノヒメミコ)に納采(アトエル=婚姻の印を送って)して皇后としました。
別名を山田赤見皇女(ヤマダノアカミノヒメミコ)といいます。

別に三人の妃を立てました。勢男人大臣(コセノオヒトノオオオミ)の娘の紗手媛(サテヒメ)、紗手媛の妹の香々有媛(カカリヒメ)、物部木蓮子(モノノベノイタビ)大連の娘の宅媛(ヤカヒメ)を立てました。
木蓮子は伊陀寐(イタビ)と読みます。
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解説

物部木蓮子
イタビとは植物名です。「イタビカズラ」というツル性の常緑植物です。
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原文

元年春正月、遷都于大倭國勾金橋、因爲宮號。三月癸未朔戊子、有司、爲天皇納采億計天皇女春日山田皇女、爲皇后。更名山田赤見皇女。別立三妃、立許勢男人大臣女紗手媛、紗手媛弟香々有媛、物部木蓮子木蓮子、此云伊陀寐大蓮女宅媛。
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