下部脩德嫡德孫・上部都德己州己婁の来朝

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安閑天皇(四)下部脩德嫡德孫・上部都德己州己婁の来朝

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現代語訳

(即位1年)5月。百済は下部脩德嫡德孫(カホウシウトクチャクソン=下部は百済の5部のうちの一つ。修得は官位)・上部都德己州己婁(シヤウホウトトクコツコル=上部は百済の5部の一つ。都徳は官位)などを派遣して、日本に来て、いつもの調(ミツキ=税・貢物)を献上しました。別に表(フミ)を献上しました。
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解説

次のページと関連が薄いのと長いのでぶった切りました。
継体天皇のときに、百済と新羅との関係が悪化したような気がしましたが百済は相変わらず、日本を特別視しているようです。
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原文

五月、百濟遣下部脩德嫡德孫・上部都德己州己婁等、來貢常調、別上表。
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