大河内直味張の雌雉田

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安閑天皇(五)大河内直味張の雌雉田

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現代語訳

(即位1年)秋7月1日。詔(ミコトノリ)して言いました。
「皇后は、体(ミミ=身分)は天子と同じといえども、内外(ウチト)では名声にはひどく差がある(皇后は後宮にいて、その名が外に知られることは無い)。屯倉(ミヤケ=直轄地)の土地をあてて、椒庭(ウチツミヤ=皇后の宮殿)を立てて、後代(ノチノヨ)に残すべきです」
すぐに勅使を送って、良い田を選びました。勅使は勅(ミコトノリ)をうけたまわって、大河内直味張(オオシカフチノアタイアジハリ)…
別名を黒梭(クロヒ)といいます。

に言いました。
「今、お前、肥えた雌雉田(キジタ)を献上するべし!」
味張は献上するのが惜しくて、勅使を騙して言いました。
「この田は天旱(ヒデリ=日照り)して漑(ミズマカセ=水を送る)が難しく、水はあふれやすく、水が浸み込みやすいのです。功(イタワリ)を尽くすことが非常に多いのですが、収穫ははなはだ少ないのです」
勅使は言葉のままを報告しましたが、隠せませんでした。
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解説

これまでに皇后の名前の屯倉や部民は残ってると思うので、いまさらこういう事を書かなくてもいいような気がするんですが。
キジタ
雌雉田という名前は、おそらく「豊かに実る田」という意味のはずです。雉という名がつけられるのは、田に穀物神を運んでくるのは「雉」という感覚があったかでしょう。ザックリした話ですが、鳥を「穀物神を運ぶ存在」と見るのは、ヤマトタケルの魂が白鳥になったり、出雲神話に鳥が頻出したところを見ても間違いないでしょう。
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原文

秋七月辛巳朔、詔曰「皇后、雖體同天子而內外之名殊隔。亦可以充屯倉之地、式樹椒庭、後代遺迹。」逎差勅使、簡擇良田。勅使奉勅、宣於大河內直味張(更名黑梭)曰「今汝、宜奉進膏腴雌雉田。」味張、忽然悋惜、欺誑勅使曰「此田者、天旱難漑、水潦易浸。費功極多、收獲甚少。」勅使依言、服命無隱。
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