日本府と新羅の密通・河内直を叱責

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欽明天皇(十四)日本府と新羅の密通・河内直を叱責

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原文

秋七月、百濟聞安羅日本府與新羅通計、遣前部奈率鼻利莫古・奈率宣文・中部奈率木刕眯淳・紀臣奈率彌麻沙等、(紀臣奈率者、蓋是紀臣娶韓婦所生、因留百濟、爲奈率者也。未詳其父。他皆效此也)。使于安羅召到新羅任那執事、謨建任那。別以安羅日本府河內直通計新羅、深責罵之。百濟本記云、加不至費直・阿賢移那斯・佐魯麻都等。未詳也。

現代語訳

(即位2年)秋7月、百済は安羅の日本府と新羅が計略を通わしているという噂を聞いて、前部奈率鼻利莫古(ゼンホウナソチビリマクコ=前部奈率は役職名、鼻利莫古は人名)・奈率宣文(ナソチセンモン)・中部奈率木刕眯淳(チウホウナソチモクラマイジュン=中部奈率は役職名)・紀臣奈率彌麻沙(キノオミナソチミマサ)たちを派遣して…
紀臣奈率(キノオミナソチ)はおそらく紀臣が韓の婦女を娶って産んだところ、百済に留まり、奈率(ナソチ=百済の役職名)と成った者です。いまだその父の詳細は分かりません。他も皆、これに習へ。

安羅に使者をして、新羅に到着した任那の執事(ツカサ=役人)を呼び寄せて、任那を再建を話し合わせました。これとは別に、安羅の日本府の河内直(カフチノアタイ)が計画を新羅と話し合ったことを深く責め罵りました。
百済本記によると加不至費直(カフチノアタイ)・阿賢移那斯(アケエナシ)・佐魯麻都(サロマツ)たちとあります。詳細は分かりません。
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解説

日本の天皇の言葉もあり、百済は、任那を復興し再建していくことになりました。安羅は任那の一国。その国にある日本府と新羅が通じていて、計画が漏れている。そこで釘を刺しに行ったわけです。
日本府は新羅になぜ情報を漏らしたのか。任那の再興は天皇の意思であり、日本が望んだことのハズです。

わたしは日本と朝鮮の間には文化の違いがあったのだと思います。「和」を重んじて、揉め事を避けることで利益を共有していこうとする価値観と、相手を組み伏して支配地域を増やしていく「儒教」の思想は、そもそも非常に相性の悪いものです。新羅は中国と関係を持つことで儒教的な考えを持つようになった。もしくは、もともとから儒教の思想を持ち、支配地域を増やそうと考えていたが、国力が不足していたから大人しくしていたが、徐々に発展すると、その本性を現した。このどちらかでしょう。
百済本記
百済本記についてはいずれまとめたいです。
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