任那の再建はただ聖明王の決意に掛かっている

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欽明天皇(三十一)任那の再建はただ聖明王の決意に掛かっている

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現代語訳

百済の王の聖明は略詔書(ホボミコトノリノフミ)を示して見せて言いました。
「わたしは、奈率弥麻佐(ナソチミマサ)・奈率己連(なそちこれん)・奈率用奇多(ナソチヨウガタ)たちを派遣して日本に参上した。天皇は詔(ミコトノリ)して言いました。
『早く任那を再建しろ』
また、津守連(ツモリノムラジ)は勅を受け賜って、任那を成して再建したのかと問いました。招集に使者を派遣した。はたして如何なものか。任那の再建ができるだろうか。願わくば、それぞれ策を述べろ」
吉備臣・任那の旱岐(カンキ=役職名)たちは言いました。
「任那を再建することは、ただ大王(オオキミ=ここでは聖明王)にだけに掛かっている。願わくば王に従って共に参上して勅を聴きましょう」
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解説

結局のところ、百済の決意に掛かっているというのが、吉備臣と任那の旱岐の主張です。百済の聖明王としては、任那で邪魔している人物を排除しないと任那は再建できないというのが、主張です。このあたりは、このところずーっと平行線ですね。

この状況に至った要因の一つに「新羅の謀略」「内応・奸計」もあるのですが、日本があまり「朝鮮に興味を持っていない」というのも感じられます。かつては、朝鮮半島に兵士を送り込んでいたのですから、この温度差はなんでしょうかね。
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原文

於是、百濟王聖明、略以詔書示曰「吾遣奈率彌麻佐・奈率己連・奈率用奇多等、朝於日本。詔曰、早建任那。又津守連、奉勅、問成任那。故遣召之、當復何如能建任那、請各陳謀。」吉備臣・任那旱岐等曰「夫建任那国、唯在大王。欲冀遵王倶奏聽勅。」
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