王人の帰国・高麗の奴隷の献上

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欽明天皇(四十八)王人の帰国・高麗の奴隷の献上

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現代語訳

(即位11年)夏4月1日。百済に居る日本の王人(ミツカイ=王に命じられ派遣された使者)が日本に帰ろうとしていました。
百済本記によると、4月1日に日本の阿比多は帰ったといいます。

百済の聖明王(セイメイオウ)は王人に語って言いました。
「任那のことは、勅(ミコトノリ)を受けて、堅く守ります。移那斯(エナシ)・麻都(マツ)のことを、問おうとも問わないであろうと、ただ勅に従います」
それで高麗の奴隷を6口、献上しました。それとは別に王人に奴隷1口を贈りました。
これらは皆、爾林(ニリム)を攻めて、取った土地の奴隷です。


4月16日。百済は中部奈率皮久斤(チウホウナソチヒコンコン)・下部施德灼干那(カホウセトクヤクカンナ)たちを派遣して狛(コマ=高麗)の捕虜10口を献上しました。
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解説

王人は王に命じられた使者のこと。しかし、今まで王人という言い方をしていないのに、急にこんな言い方をするのは変。「著者」が変わったのか。元ネタにはそう書いてあった、ってことなのか。
高麗の奴隷
日本人はどうやら「人材」を評価するよう。それは人によって文化や知識を導入するからでしょう。奴隷というと、こき使う人間と思いがちですが、なにせ6口とか10口ですからね。これは労働力としての奴隷と考えるのは無理がある。この「奴」は、捕らえた技術者・知識階級の人のことでしょう。
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原文

夏四月庚辰朔、在百濟日本王人、方欲還之。百濟本記云「四月一日庚辰、日本阿比多還也。」百濟王聖明、謂王人曰「任那之事、奉勅堅守。延那斯・麻都之事、問與不問、唯從勅之。」因獻高麗奴六口、別贈王人奴一口。(皆、攻爾林所禽奴也。)乙未、百濟遣中部奈率皮久斤・下部施德灼干那等、獻狛虜十口。
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