新羅と狛国の謀議・救援・的臣の代理要請

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欽明天皇(五十八)新羅と狛国の謀議・救援・的臣の代理要請

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原文

八月辛卯朔丁酉、百濟遺上部奈率科野新羅・下部固德汶休帶山等、上表曰「去年臣等同議、遣內臣德率次酒・任那大夫等、奏海表諸彌移居之事。伏待恩詔、如春草之仰甘雨也。今年忽聞、新羅與狛国通謀云『百濟與任那頻詣日本、意謂是乞軍兵伐我国歟。事若實者、国之敗亡可企踵而待。庶先日本軍兵未發之間、伐取安羅、絶日本路。』其謀若是。臣等聞茲、深懷危懼、卽遣疾使輕舟馳表以聞。伏願、天慈速遣前軍後軍相續來救。逮于秋節、以固海表彌移居也。若遲晩者、噬臍無及矣。所遣軍衆來到臣国、衣粮之費、臣當充給。來到任那、亦復如是。若不堪給、臣必助充、令無乏少。別的臣、敬受天勅、來撫臣蕃、夙夜乾々、勤修庶務。由是、海表諸蕃、皆稱其善、謂當萬歲肅淸海表。不幸云亡、深用追痛。今任那之事、誰可修治。伏願、天慈速遣其代以鎭任那。又復海表諸国甚乏弓馬、自古迄今受之天皇以禦强敵。伏願、天慈多貺弓馬。」
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現代語訳

(即位14年)8月7日。百済は上部奈率科野新羅(シャウホウナソチシナノシラキ)・下部固德汶休帶山(カホウコトクモンキウタイセン)たちを派遣して、表(フミ)を献上して言いました。
「去年、わたしめらは同じ場で会議をして、内臣德率次酒(ウチノオミトクソチシシュ)・任那大夫(ミマナノマヘツキミ)たちを派遣して、海表(ワタノホカ=海外)の諸々の弥移居(ミヤケ=大和朝廷の直轄地)のことを申し上げました。伏して、恩詔(ウツクシビノミコトノリ)を待つ様子は、春草が甘雨を仰ぐようでした。今年、聞いた新羅と狛国(コマノクニ=高麗)が通い合い謀議して言ったという
『百済と任那がしきりに日本に詣でる。おもうにコレは軍兵を日本に乞い願って我が国を征伐しようとしているのではないか? もしこれが事実ならば、国が敗け滅んでしまう。企踵(タチドコロ=爪先立ちして)して待つべきだ。願わくば、まずは日本の軍兵がまだ興っていない間に安羅を征伐して取り、日本の道を断とう』
その謀議はこのようでした。わたしめらはコレを聞いて、深く危ぶみ、恐れを抱きました。すぐに疾使軽船(トキツカイカロキフネ=早い使者・軽く早い船)を派遣して表(フミ)を走らせてお知らせしました。伏して願うことは、天慈(ミウツクシビ=慈愛)を持って、速やかに前軍後軍(マエノイクサシリヘノイクサ)を派遣して、続けて来て、救ってください。秋の節(コロ)になって、海表(ワタノホカ=海外)の弥移居(ミヤケ=大和朝廷の直轄地)を防御を固めます。もしく、遅くなれば、臍を噛む(ホゾヲカムで後悔する)ことになっても、どうしようもないでしょう。派遣する軍衆(イクサ)はわたしめの国に到着すれば、衣粮(キモノカテ=衣服・食料)の費用はわたしめが充分に供給しましょう。任那に来たときは、また同様にしましょう。もし、供給が不足しても、わたしめが必ず助けて充分にして、乏しく少なくて足りないということは無いようにします。

それとは別の話です。的臣(イクハノオミ)は慎み天勅(ミコトノリ)を受けて、朝鮮半島に来て蕃(クニ)を治めていました。夙夜乾々(ツトニオキヨハニイネテイトナミテ=朝早くから夜遅くまで)、もろもろの実務を務めて修めていました。それで海表のもろもろの蕃(クニ)は皆、その善政を口にしました。まさに万歳(ヨロヅヨ=いつまでも)、海表(ワタノホカ=海外=朝鮮半島のこと)を抑え鎮めて治めるだろうと思っていました。しかし不幸にして的臣は亡くなってしまいました。深く用いていましたので、非常に心が痛みました。ではこれからの任那の事を誰が治めるべきでしょうか。伏して願わくば、天慈(ミウツクシビ)をもって速やかにその代理を派遣して、任那を鎮めてください。また、海表のもろもろの国は甚だ、弓と馬が乏しいのです。古くから今に至るまで、天皇に命を受けて、強敵を防いできました。伏して願わくば、天慈をもって多くの弓馬を与えてください」
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解説

新羅と高麗の誤解?
新羅と高麗は百済があまりに日本と仲良くしているから、「あぁ、これは百済と日本が征伐に来るな」と思って、高麗と新羅が組んで安羅を取る、という誤解があるんだよね、というところから、百済の軍隊要請へとつながっています。
任那の混乱
やっぱり任那は混乱状態にあるようです。任那の混乱は任那を通らないと百済につながらないわけですから、百済にとって経済的・政治的な損失につながります。
馬が乏しい・弓が乏しい
朝鮮半島は自然が少なく、馬が乏しいのは、戦争などの「消費」だけでなく、そもそも馬を育つのに適していないじゃないかと(適していても、土地が貧しいから繁殖には限界がある)思われます。まぁ、馬はいいのですが。

弓が不足する、というのは妙です。
技術者がいないのでしょうか。

思うに、朝鮮半島は人口が少なかったんじゃないでしょうか。弓は戦争だけでなく狩猟にも使うもので「日用品」です。これが不足するというのは、そもそも人口が少なかったからなのではないかと。そう考えると、日本が百済の救援に二の足を踏むのはわかるのです。百済が「任那が! 安羅が! 救援してよ!」と言っても、日本としては「百済は中国文化の中継という意味では必要だけど、軍兵を送り、経費を掛けてまで守る土地じゃないよなぁ・・・」と考えて、救援を送らないというのは納得なんですよね。そこまでの国じゃない。身銭を切って助けるには躊躇する、そういうポジションだったのではないかなと。
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