弥至己知奈末の進言

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欽明天皇(七十五)弥至己知奈末の進言

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原文

廿一年秋九月、新羅遣彌至己知奈末、獻調賦。饗賜邁常、奈末喜歡而罷曰「調賦使者、国家之所貴重而私議之所輕賤。行李者、百姓之所懸命而選用之所卑下。王政之弊、未必不由此也。請差良家子爲使者、不可以卑賤爲使。」

現代語訳

即位21年秋9月。新羅は弥至己知奈末(ミチコチナマ)を派遣して調賦(ミツキモノ)を献上しました。饗(アエ=歓迎の宴会)をして、返礼に与えた物がいつもより多すぎました。奈末(マナ)は歓喜して帰って言いました。
「調賦(ミツキモノ)の使者は国家が尊び、重んじるものであって、私個人の話なんて、軽んじて卑しいと考えるものだ。行李(ツカイ=竹などで編んだカゴ)は百姓の命を懸ける大事なものだが、選び用いる際は卑下するものだ。そういう王の政治の弊(ツイエ=悪い習慣)で、未だにそうなっているが、願わくば、両家の子を使者としてください。卑しい人を使者にするべきではありません」
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解説

弥至己知奈末
奈末は役人の冠位で17階中の11階。まぁまぁ下です。その奈末が「いやいや、もっと良家の子を使者として送った方がいいですよ」と帰国してから進言したわけです。

これってこういうことじゃないか?と思います。

儒教では上下関係が大事です。誰が上で下かをハッキリさせることが社会の安定をもたらすと考えています。だから基本的に相手を「上か下か」で見るのですね。新羅は日本に冠位の低い使者を送った。まぁ、深い意味はありません。儒教ではそういうものだった。あんまり地位の高いのを使者として送ると、新羅は日本より下だと認めるようなもので、そういう弱腰外交は国内の臣下からも舐められることになる。

そこで冠位の低いものを送った。

すると異常にたくさんの品物をもらったので、新羅の使者は「アレ?」となって「冠位が低いものを送るのは失礼なんじゃないか?」と進言した。
なぜ品物をたくさんもらえたのか
それは次のページで書きます。
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