漢字に直すのは大変

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漢字に直すのは大変

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現代文訳

昔の言葉は素朴でした。これを文章に直し、漢字で書くとなると大変です。漢字の訓で書くと漢字の意味がおかしくなるし、音で書くとやたらと長くなってしまいます。そこで、訓で書いたり音で書いたり混ぜたりしました。あと、言葉の分かりにくいものには注意書きをしました。名前の「日下」を「クサカ」と読んだり、「帯」を「タラシ」と読んだりするものは変えませんでした。
書いたものは天地開闢から推古天皇時代のことです。
アメノミナカヌシ神からウガヤフキアエズ命までを上巻。カムヤマトイワレビコ命(神武天皇)から応神天皇までを中巻。仁徳天皇から推古天皇までを下巻としました。
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解説

日本語を漢字に当てて直すのは大変だった。ということが書かれています。
日本語と文字
日本語どこから来たのか?――実はいまいちはっきりしていません。言葉の並びは朝鮮語と似ていますが、日本語と朝鮮語はまったく違うもので、英語・ドイツ語・フランス語が、それなりに近い言語であるのに対して、あまりに差が大きいです。
日本語はポリネシア・南洋などの影響を受けてはいますが、それでも、これらが基になったという確証がない状態です。

もうひとつ、文字の問題があります。漢字が渡来するまで文字は日本になかった、というのが通説ですが、これに対して「現実的ではない」という意見も根強いです。ただしこの説は国学の流行した江戸時代以降にたびたび取り上げられ、漢字以前の文字として「神代文字」が紹介されました。しかし、そのほとんどが「捏造」というか「創作」。とはいえ、古い神社に由来不明の文字が描かれていたり、伝えられていることは多いです。
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原文

然れども上古の時は、言と意を並朴にして、文を敷き句を構ふること、字におきて即ち難し。已に訓によりて述べたるは、詞心におよばず。全く音を以て連ねたるは、事の趣さらに長し。是をもちて今、或は一句の中に、音訓を交いて用ゐ、或は一事の内に、全く訓を以ちて録す。即ち、辭理の見えがたきは、注を以ちて明かにし、意况の解り易きは更に注せず。また姓おきて日下を玖沙訶といひ、名におきて帶の字を多羅斯といふ。かくの如き類は、本のままに改ず。大抵記す所は、天地の開闢より始めて。于小治田の御世に訖る。故、天御中主神以下、日子波限建鵜
草葺不合尊以前を上卷となし、神倭伊波禮毘古天皇以下、品陀御世以前を中卷となし、大雀皇帝以下、小治田大宮以前を下卷となし、并せて三卷に録して、謹みて獻上る。臣安萬侶、誠惶誠恐、頓首頓首。

和銅五年正月二十八日。正五位上勲五
等太朝臣安萬侶謹上。
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