法興寺の柱の礎に仏舎利を

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推古天皇(二)法興寺の柱の礎に仏舎利を

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原文

元年春正月壬寅朔丙辰、以佛舍利置于法興寺刹柱礎中、丁巳建刹柱。

現代語訳

推古天皇即位1年の春1月15日。仏舎利(ホトケノシャリ=ブッダの遺骨のこと)を法興寺(ホウコウジ)の刹柱(セツノハシラ=寺の中心の柱=大黒柱)の基礎の中に置きました。
16日に刹柱を立てました。

解説

推古天皇が即位したのが前年の12月8日。年が明けて1月15日に行ったのが法興寺の基礎に仏舎利を埋め込むという作業です。即位した最初にやったことが、コレってことは推古天皇は仏教を重んじますよ。という所信表明と考えていいでしょう。

推古天皇は欽明天皇の娘、亡くなった敏達天皇の皇后と、バリバリの皇族でありつつ、蘇我馬子の姪にあたります。蘇我馬子はバリバリの仏教推進派。
世間は「これから仏教の世界になるな」と感じたはずです。
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