元興寺の金堂の戸より大きな仏像なので入らない

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推古天皇(二十一)元興寺の金堂の戸より大きな仏像なので入らない

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現代語訳

即位14年夏4月8日。銅と刺繍の丈六(ジョウロク=仏像の大きさの基本)の仏像が作り終えました。この日に丈六の銅の像を元興寺の金堂に坐らせました。その時、仏像は金堂の戸(=入り口)よりも高くて、堂に納入できませんでした。それで諸々の工人(タクミ=職人)たちは話し合って言いました。
「堂の戸を壊して納入しよう」
しかし、鞍作鳥(クラツクリノトリ=人名)という優秀な工人は戸を壊さずに堂に入れることが出来ました。その日に拝みました。集まった人たちは数えられないほどでした。この年に初めて寺ごとに4月8日(濯仏会の始まり=花祭り=釈迦の誕生日)と7月15日(=盂蘭盆会の始まり)に拝みました。
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解説

入り口より大きな仏像を造ったから入らなかったって荒井注か。
鞍作鳥
鞍作鳥は即位13年「推古天皇(二十)鞍作鳥と仏像・高麗の大興王の三百両」に登場。そこで初めて「仏像を造る職人」とされた。名前から考えると、それ以前は馬の鞍を作っていたのでしょう。

どうやって、入り口より大きな仏像を元興寺の金堂に入れたのやら。仏像が組み合わせてバラバラに出来るようなものだったんじゃないかなぁとは思います。おそらく作ったのは鞍作鳥でしょうから。
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原文

十四年夏四月乙酉朔壬辰、銅繡丈六佛像並造竟。是日也、丈六銅像坐於元興寺金堂。時佛像、高於金堂戸、以不得納堂。於是、諸工人等議曰、破堂戸而納之。然鞍作鳥之秀工、不壤戸得入堂。卽日、設齋。於是、會集人衆、不可勝數。自是年初毎寺、四月八日・七月十五日、設齋。
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