慧慈の説経と死の予言

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推古天皇(五十)慧慈の説経と死の予言

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現代語訳

(即位29年2月)この月、上宮太子(カミツミヤノヒツギノミコ)を磯長陵(シナガノミサザキ)に葬りました。この時に当たって、高麗の僧(ホウシ)の慧慈(エジ)は上宮皇太子が亡くなったと聞いて、大いに悲しみました。皇太子のために僧に請願して設斎(オガミ)をしました。それで自らお経を説いた日に、誓い願いて言いました。
「日本国に聖人(ヒジリ)がいました。上宮豊聡耳皇子(カミツミヤノトヨミイノミコ)と言います。まことに天に許されていました。素晴らしいほどの聖人の徳を持ち、日本の国に生まれました。三統(キミノミチ=夏殷周の中国の古代の国・伝説的王の禹王・湯王・文王の時代)を追い抜いて、先人の聖人の宏猷(オオイナルノリ=広大な計画)を引き継ぎ、三宝(サンポウ=仏・法・僧)を慎み敬い、人民を厄災から救いました。これは真実の大聖人です。今、太子はなくなりました。私は国が違っていても、心は強く繋がっていて、その友情は金属も断つほどなのです。これから独りで生きていくとして、何の利益があるというのか。私は来年の2月5日を持って、必ず死ぬ。それで上宮太子と浄土で会い、ともに衆生(シュジョウ=生命あるもの)に生まれ変わろう」
慧慈(エジ)は約束した日になって死にました。それでその時代の人は誰も彼も共に言いました。
「上宮太子(カミツミヤノヒツギノミコ=聖徳太子)だけが聖人なのではない。慧慈(エジ)もまた聖人だ」
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解説

仏教では輪廻をするとされていて、死んでもまた別の何かに生まれ変わります。仏教では人生とはとにかく苦しいもので、もうこの苦しい人生を送りたくないというのが根底にあります。そこで、この輪廻の円環から抜け出すことを「解脱」といい、解脱した人を「ブッダ」と言います。

そして仏陀になるためには執着心を捨てる修行をしないといけません。その執着心を捨てる修行をして、解脱するトレーニングをする場所が「浄土」です。浄土は阿弥陀如来が管理する別世界ですが、天国ではありません。あくまで現世のどこかの世界です。これが俗に言う極楽です。
慧慈
ちなみに慧慈(エジ)は聖徳太子の師匠です。
慧慈(エジ)は死んで浄土で聖徳太子と再会し、共に解脱し仏陀になる。そのために2月5日に死ぬと宣言したわけです。まぁ、理屈で言えば自殺になるんじゃないかと思うけど、自殺は許されませんからね。即身仏にでもなったのかもしれません。無論、この記述が全て「事実」とするならば、の話ですが。
2月5日について
前のページでは「廿九年春二月己丑朔癸巳」と書いて「即位29年春2月5日」を表記しているのに対して、この慧慈(エジ)の発言では「來年二月五日必死」と書いてあります。この違いは何なのか。おそらく「元ネタ」が違うってことでしょう。問題は慧慈の発言がどこの元ネタかってことです。朝鮮の史書とか公文書ではないかと思うのですが、朝鮮の三国史記も「何月何日」という記述が見る限りない。まぁ、日付までほとんど残ってないんですよね。残っていても干支表記ですから、朝鮮が元ネタとも思えない。となると中国の公文書かというと、それは如何なものかと。では創作か。まぁ、なんとも言えないですね。
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原文

是月、葬上宮太子於磯長陵。當于是時、高麗僧慧慈、聞上宮皇太子薨、以大悲之、爲皇太子請僧而設齋。仍親說經之日、誓願曰「於日本国有聖人、曰上宮豊聰耳皇子。固天攸縱、以玄聖之德生日本之国。苞貫三統、纂先聖之宏猷、恭敬三寶、救黎元之厄。是實大聖也。今太子既薨之、我雖異国心在斷金、其獨生之何益矣。我以來年二月五日必死、因以遇上宮太子於淨土、以共化衆生。」於是、慧慈、當于期日而死之。是以、時人之彼此共言「其獨非上宮太子之聖、慧慈亦聖也。」
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