吉士磐金の帰国途中に数万の軍隊を派兵

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推古天皇(五十四)吉士磐金の帰国途中に数万の軍隊を派兵

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原文

爰遣吉士磐金於新羅、遣吉士倉下於任那、令問任那之事。時、新羅国主遣八大夫啓新羅国事於磐金、且啓任那国事於倉下、因以約曰「任那小国、天皇附庸。何新羅輙有之。隨常、定內官家。願無煩矣。」則遣奈末智洗遲副於吉士磐金、復以任那人達率奈末遲副於吉士倉下、仍貢兩国之調。然、磐金等未及于還、卽年、以大德境部臣雄摩侶・小德中臣連国爲大將軍、以小德河邊臣禰受・小德物部依網連乙等・小德波多臣廣庭・小德近江脚身臣飯蓋・小德平群臣宇志・小德大伴連闕名・小德大宅臣軍爲副將軍、率數萬衆以征討新羅。
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現代語訳

吉士磐金(キシノイワカネ)を新羅に派遣し、吉士倉下(キシノクラジ)を任那に派遣して、任那のことを問わせました。その時、新羅国の主は8人の丈夫(マヘツキミタチ=臣下たち)を派遣して、新羅のことを磐金(イワカネ)に申しました。また、任那国のことを倉下(クラジ)に申しました。そして約束して言いました。
「任那は小さい国だけども、天皇の附庸(ホドスカノクニ=従属国)です。どうして新羅が軽々しく得るのか。今まで通りに内官家(ウチツミヤケ)と定めて、願わくば、煩いごとは無いように」
奈末智洗遲(マナチセンジ)を派遣して、吉士磐金(キシノイワカネ)に付き添わせました。また任那人の達率奈末遲(ダチソチナマジ)を吉士倉下(キシノクラジ)に付き添わせました。両国の調(ミツキ=税)を献上しました。磐金たちが日本に帰ってくる前、その年に大徳の境部臣雄摩侶(サカイベノオミオマロ)・小徳の中臣連国(ナカトミノムラジクニ)を大将軍とし、小徳の河辺臣禰受(カワヘノオミネズ)・小徳の物部依網連乙等(モノノベノヨサミノムラジオト)・小徳の波多臣広庭(ハタノオミヒロニワ)・小徳の近江脚身臣飯蓋(オウミノアナムノオミイイフタ)・小徳の平群臣宇志(ヘグリノオミウシ)・小徳の大伴連(オオトモノムラジ)…
名は漏れていて分かりませんでした

小徳の大宅臣軍(オオヤケノオミクサ)を副将軍とし、数万の軍隊を率いて新羅を征伐しました。
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