葛城県は蘇我の本拠なので・断る推古天皇

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推古天皇(六十)葛城県は蘇我の本拠なので・断る推古天皇

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現代語訳

(即位32年)冬10月1日。大臣(オオオミ=蘇我馬子)は阿曇連(アズミノムラジ)…
名が漏れていて、分かりません

阿倍臣摩侶(アヘノオミマロ)の二人の臣を派遣して、天皇に申し上げて言いました。
「葛城県(カツラキノアガタ)は元々はわたしめの本拠です。その県に姓名(カバネナ)を為しました。願わくば、永遠にその県を与えていただいて、わたしめが治める県としようと願っています」
天皇は詔(ミコトノリ)して言いました。
「今、朕は蘇何(ソガ=推古天皇は蘇我氏の出身)から出た。大臣は朕の舅(オジ)です。大臣の言葉を、夜に言えば夜が明けないうちに、朝に言えば日が暮れないうちに、その言葉を用いたいと思っている。しかし、今、朕の世に、この県を失ってしまえば、後の君主が
『愚かな、白痴の婦人は、天下に君臨して、突然にその県を滅ぼした』
と言うだろう。どうして、朕が賢くないというだけだろうか。大臣も不忠だと言われるだろう。これは後の時代に悪名となるだろう」
そう言って、聞き入れませんでした。
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解説

蘇我馬子は葛城県が「故郷」だから、葛城県が欲しいと推古天皇に願い出ます。しかし推古天皇はこれを断ります。推古天皇の母親は蘇我出身の堅塩媛(キタシヒメ)ですから、むしろ断らない方が不思議なくらいです。
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原文

冬十月癸卯朔、大臣遣阿曇連闕名・阿倍臣摩侶二臣、令奏于天皇曰「葛城縣者、元臣之本居也、故因其縣爲姓名。是以、冀之常得其縣以欲爲臣之封縣。」於是、天皇詔曰「今朕則自蘇何出之、大臣亦爲朕舅也。故大臣之言、夜言矣夜不明、日言矣則日不晩、何辭不用。然今朕之世、頓失是縣、後君曰、愚癡婦人臨天下以頓亡其縣。豈獨朕不賢耶、大臣亦不忠。是、後葉之惡名」則不聽。
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