陸奥国の狢・信濃坂を越える蝿の塊

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推古天皇(六十二)陸奥国の狢・信濃坂を越える蝿の塊

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現代語訳

即位35年春2月。陸奥国(ミチノクノクニ)に狢(ウジナ=ムジナ=たぬき・穴熊など)があり、人に化けて歌を歌っていました。

夏5月に蝿が集まっていました。それが凝り固まって、重なって、十丈(トツエ)になっていました。虚空に浮かび、信濃坂(シナノノサカ=信濃国伊那郡と美濃国恵那郡の境の山?)を越えました。羽が鳴る音は雷のようでした。東の方の上野国に至って、自然と散りました。
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解説

凶兆あり?
前の年(即位34年)から、桃季に花が咲き、蘇我馬子が死に、6月に雪が降り、長雨で飢饉になり、強盗窃盗が溢れて治安が悪化。この即位35年には、タヌキが人に化けて歌を歌い、蝿が大量に発生。

そして即位36年に推古天皇は死亡します。
これらの記事は推古天皇が死ぬ凶兆とも、捉えられますが、当時の日本人ならば、「推古天皇がふさわしくない」とする天の意思だと思ったかもしれません。もしくは、「祟り」だと考えた。誰の祟りか?
素直に考えると「聖徳太子」でしょうね。
まぁ、聖徳太子暗殺はよく見る見解ですし、さもありなんといったところです。でも、証拠は何もありません。
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原文

卅五年春二月、陸奧國有狢、化人以歌之。夏五月、有蠅聚集、其凝累十丈之、浮虛以越信濃坂、鳴音如雷、則東至上野國而自散。
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