イザナギ、妻を失い、涙を流す

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イザナギ、妻を失い、涙を流す

漢字・読みツマヲウシナイナミダヲナガス
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現代語訳

イザナギ
「愛する妻の命をただ一人の子供に
よって無くしてしまうなんて!」
と言いました。

そしてイザナミの枕元や足元に這いまわり泣きました。
その涙から産まれたのは泣沢女神(ナキサワメノカミ)です。
この女神は香具山のふもとの丘の木の下にいます。

伊邪那美神(イザナミノカミ)の遺体は出雲国と伯耆国の境にある比婆山(ヒバノヤマ)に葬られました。
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解説

奥さんを失って這いつくばって涙を流すイザナギ。名シーンですが、この後イザナミを求めて黄泉の国へと向かうことになると思うと、このシーンは何だったんだと思っちゃいます。

ここでナキサワメ神が登場。
この神は畝尾都多本神社の祭神。ナキサワメは葬儀のときに個人を偲んで無く「泣き女」を神格化したものとされます。つまりは古代の葬式では「泣き女」が当たり前のように存在したってことですね。

ヒバゴン
イザナミが葬られたのが比婆山。広島と島根の県境にある山です。ヒバゴンが居るとする山です。ヒバゴン知ってますか??まぁそれは置いておいて。
どうしてここにイザナミが葬られたのか??については、出雲が近いからとされます。出雲は死者の国…と考えていたのではないかということです。伊勢から日が昇り、出雲に沈む。出雲に死者の国――根の国があるわけです。これは一説ですから事実とは限りません。
個人的には
機内と出雲の間にはそもそも気温・気候で大きな差があります。出雲の方が農業と言う意味では厳しかったはずです。寒いですからね。また古代200年~700年あたりは現在よりも寒い時期です。出雲は製鉄や貿易では強い国ですが、生活支えるのはあくまで「食」、そこに不利があるのであれば、現在よりもずっと「死」が近かったわけです。出雲という国がもともと死に近かったのかも。
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個人的コラム

泣き女は現在の朝鮮半島や中国ではまだ居ます。では中韓の特別な風習かと言うと、世界的には珍しい風習ではなく、ヨーロッパにもありました。また旧約聖書にもあり、古代エジプトの壁画にもそれらしいことがあるように、故人を偲んで泣くことが、鎮魂としては一般的でした。

ちなみに日本にも割と最近まで地方では泣き女の風習があったと言われています。

原文

故爾に伊邪那岐命詔りたまひけらく、「愛しき我が那邇妹の命を、子の一つ木に易へつるかも。」と謂りたまひて、乃ち御枕方に匍匐ひ、御足方に匍匐ひて哭きし時、御涙に成れる神は、香山の畝尾の木の本に坐して、泣沢女神と名づく。故、其の神避りし伊邪那美神は、出雲国と伯伎国との堺の比婆の山に葬りき。
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