舒明天皇(十)干支の義・境部摩理勢は斑鳩の泊瀬王のもとへ

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舒明天皇(十)干支の義・境部摩理勢は斑鳩の泊瀬王のもとへ

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現代語訳

大臣(=蘇我蝦夷)は阿倍臣(アヘノオミ)・中臣連(ナカトミノムラジ)に伝えて、さらに境部臣(サカイベノオミ)に問いました。
「誰の王(ミコ)が天皇になるべきだろうか」
答えて言いました。
「これより以前に、大臣(=蘇我蝦夷)が自ら問うた日に、私めが申し上げたのですでに終わっております。今、どうしてさらにまた、伝えて申し上げるのでしょうか」
それで蘇我蝦夷は大いに怒って立ち上がって行きました。この時、蘇我氏の諸族たちは全員、集まって、嶋大臣(シマノオオオミ=蘇我馬子の事)のために墓を作って、墓所に宿を取っていました。すると、ここに摩理勢臣(マリセノオミ=境部摩理勢)は墓所の廬(イオ=いおり)を壊して、蘇我の田家(ナリドコロ=別荘)に退出して、仕えませんでした。その時、大臣は怒って、身狹君勝牛(ムサノキミカツシ)・錦織首赤(ニシコリノオビトアカイ)を派遣して、教えて諭して言いました。
「私はお前が言っている言葉に非があるのを知っているが、干支(コノカミオトト=兄弟の義=つまり年長者を立てること)の義があるので、非を否定し破ることはできない。ただし、他人が間違っていて、お前が正しいならば、私は必ず他人と違ってもお前に従おう。もし、他人が正しくて、お前が間違っているならば、私はお前に背いて他者に従おう。だから、お前が従わないことがあるならば、私とお前には隙間があることになる。ということは国は乱れてしまう。ならば、後の人は言うだろう。我々、二人が国を破り滅ぼしたのだと。これでは後世にまで悪名が残ることになる。お前は慎み、逆心を起こすなよ」
それでも境部摩理勢は従わないで、斑鳩(イカルガ)に詣でて、泊瀬王の宮にすみました。
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解説

境部摩理勢は「境部」とありますが、蘇我氏です。実は境部摩理勢と蘇我馬子は兄弟で、蘇我蝦夷から見ると摩理勢は叔父になります。境部というのは役職の名前です。どうして役職名で呼ぶのかというと、それだけ蘇我有力者が多かったからです。

大和朝廷は地方氏族が集まって構成するグループです。よって地方氏族の代表者が集まることになります。その中で、地方氏族の代表者は「1名」だけ、だったのだと思います。だから蘇我氏からは1名だけ。となると普通は蘇我蝦夷で決まり、なのですが。

境部摩理勢が蘇我蝦夷と仲違いをして、泊瀬王のもとへ行きました。泊瀬王は山背大兄皇子と兄弟で聖徳太子の子です。この王の元へと行くということは懇意だったということであり、もしも山背大兄王が次の天皇となった場合、蘇我氏の代表者は境部摩理勢になり、蘇我蝦夷は中央から追い出されてしまうことになるわけです。

蘇我蝦夷が境部摩理勢を敵視し、山背大兄を天皇にしようとしない理由はこの辺りにあったんじゃないかと思います。
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原文

既而大臣、傳阿倍臣・中臣連、更問境部臣曰「誰王爲天皇。」對曰「先是大臣親問之日、僕啓既訖之。今何更亦傳以告耶。」乃大忿而起行之。適是時、蘇我氏諸族等悉集、爲嶋大臣造墓而次于墓所。爰、摩理勢臣壤墓所之廬、退蘇我田家而不仕。時、大臣慍之、遣身狹君勝牛・錦織首赤猪而誨曰「吾知汝言之非、以干支之義、不得害。唯他非汝是我必忤他從汝、若他是汝非我當乖汝從他。是以、汝遂有不從者、我與汝有瑕。則國亦亂、然乃後生言之吾二人破國也。是後葉之惡名焉、汝愼以勿起逆心。」然、猶不從而遂赴于斑鳩住於泊瀬王宮。
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