舒明天皇(二十二)上毛野君形名の蝦夷討伐

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舒明天皇(二十二)上毛野君形名の蝦夷討伐

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現代語訳

この年(即位9年)に蝦夷が謀叛して朝廷に参上しませんでした。すぐに大仁(ダイニン=冠位十二階で3番目)の上毛野君形名(カミツケノキミカタナ)を呼び寄せ、将軍として征伐させました。ところが逆に蝦夷に負けて、逃げて塁(ソコ=砦)に入りました。ついに賊(アタ=敵)に囲まれました。軍衆(イクサニヒトドモ=軍兵)は全員、逃げ出し、城は空っぽになりました。将軍は迷い、どうしたらいいか分かりませんでした。その時、日が暮れて、垣根を越えて逃げようとしました。すると方名君(カタナノキミ)の妻は嘆いて言いました。
「慷(ウレタキ=忌々しいこと)であるなぁ! 蝦夷にために殺されるということは!」
そして夫に語りました。
「お前の祖先たちは、蒼海(アオウナハラ)を渡り、万里(トオキミチ)を跨(アフドコ=跨いで越えて)して、水表(オチカタ=海表=海外)の政治を平定して、威武(カシコクタケキ=立派な武勇)を後葉(ノチノヨ=後世)に伝えた。今、お前がただ先祖の名をくじいて屈すれば、必ず後世に笑われるだろう」
酒を酌み、無理やりに夫に飲ませました。そうして自ら夫の剣を佩き(=剣を身につけ)、10の弓の糸を張り、女数十人に命令して、その弦を鳴らさせました。夫は立ち上がり、仗(ツワモノ=兵器)を取り、進みました。
蝦夷は軍衆(イクサビト=兵士)が多いと思い、引いて退きました。すると散っていた兵が集まって、また旅(=500人で1旅団)を整え、蝦夷を撃って、大きく破り、ことごとく捕虜にしました。
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解説

追い詰められた夫を妻が鼓舞し、ついには蝦夷を撃退するところまで行く。なんというかご都合主義というか漫画のような展開です。史実ではなく、この時代の蝦夷討伐を基にした「演劇」ではないかと思います。

日本では神を喜ばせると、うまくいくと考えていました。だから神様がよろこぶような歌や踊りや酒や料理を献上しました。同様に「演劇」…つまり現在で言うところの神楽を神に捧げました。

その神に捧げる物語は、「神のおかげでうまくいった功績」だったハズです。神様のおかげで蝦夷に勝った。そういう経緯を上演してご機嫌をとったわけです。この演劇を日本書紀に取り込んだ。だから「蝦夷と戦ったこと」と「蝦夷を破ったこと」は事実でしょうが、その間の経緯はどこまで本当かは怪しい、というのが私の見解です。
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原文

是歲、蝦夷叛以不朝。卽拜大仁上毛野君形名爲將軍令討、還爲蝦夷見敗而走入壘、遂爲賊所圍。軍衆悉漏城空之、將軍迷不知所如、時日暮、踰垣欲逃。爰、方名君妻歎曰「慷哉、爲蝦夷將見殺。」則謂夫曰「汝祖等、渡蒼海跨萬里平水表政、以威武傳於後葉。今汝頓屈先祖之名、必爲後世見嗤。」乃酌酒、强之令飲夫、而親佩夫之劒、張十弓、令女人數十俾鳴弦。既而夫更起之、取仗而進之。蝦夷以爲軍衆猶多、而稍引退之。於是、散卒更聚、亦振旅焉。擊蝦夷大敗、以悉虜。
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