衣服から産まれた神々

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衣服から産まれた神々

漢字・読みイフクカラウマレタカミガミ
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現代語訳

投げ捨てた杖から成ったのは衝立船戸神(ツキタツフナトノカミ)です。
投げ捨てた帯から成ったのは道之長乳歯神(ミチノナガチハノカミ)です。
投げ捨てた袋から成ったのは時量師神(トキハカシノカミ)です。
投げ捨てた衣から成ったのは和豆良比能宇斯能神(ワヅラヒノウシノカミ)です。
投げ捨てた袴から成ったのは道俣神(チマタノカミ)です。
投げ捨てた冠から成ったのは飽咋之宇斯能神(アキグヒノウシノカミ)です。
投げ捨てた左の腕輪から成ったのは奥疎神(オキザカルノカミ)です。
次に奥津那芸左毘古神(オキツナギサビコノカミ)です。
次に奥津甲斐弁羅神(オキツカヒベラノカミ)です。
投げ捨てた右の腕輪から成ったのは辺疎神(ヘザカルノカミ)です。
次に辺津那芸左毘古神(ヘツナギサビコノカミ)です。
次に辺津甲斐弁羅神(ヘツカヒベラノカミ)です。

以上の船戸神(フナト神)から辺津甲斐弁羅神(ヘツカヒベラノカミ)までの12柱は身につけていたものを脱ぎ捨てて成った神です。
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解説

禊(ミソギ)というのは、体の穢れを水で洗い流すことです。よって、ミソギをするために、イザナギが裸になるのがこの文章です。男のストリップですね。服を脱いだだけで神が成るなんて、イメージしにくいです。
衣服には穢れがつく
神社にいくと「手水舎」があって、そこで手を洗い、口をゆすぎます。どうしてかというと、世俗の穢れを神社に持ち込んではいけないからです。本来は、神社にいく前に「みそぎ」をするものでした。白い装束に着替えて、体を川水で洗い、穢れを落としてから神社に参拝しないといけないものでした。そのくらいに神社は清らかなものでした。手水舎の手洗いはこの「みそぎ」を簡略化したものです。

あまりに現代の感覚と懸け離れた、と思いますが、実は似たようなことを現代の日本人もやっています。それは「家の中で靴を脱ぐ」というものです。おそらく日本人は「穢れ」を家に持ち込むことを嫌ったのかと思われます。ただし靴を脱ぐ風習は「畳文化」が理由とも言われるので関係ないとも。
家の中で靴を脱ぐ文化の国は韓国と、インドネシア・マレーシア・東南アジアの高床式の文化圏です。記紀には東南アジアの神話が非常に多く、東南アジアやインドネシア・マレーシアといった地域は日本と文化が同じだったのではないか?とも。
あとはイスラムも靴を脱ぐという話です。
ちなみに韓国は…明らかに東南アジアとは文化圏が違うのでなんとも言えない。というのは「穢れ」という思想は蒸し暑い地域でないと発生しえないことだからです。韓国がもしも穢れという感覚があって、家で靴を脱ぐのならば、それは日本から「穢れ文化」が伝わったからです。

原文

故、投げ棄つる御杖に成れる神の名は、衝立船戸神。次に投げ棄つる御帯に成れる神の名は、道之長乳歯神。次に投げ棄つる御嚢に成れる神の名は、時量師神。次に投げ棄つる御衣に成れる神の名は、和豆良比能宇斯能神。次に投げ棄つる御褌に成れる神の名は、道俣神。次に投げ棄つる御冠に成れる神の名は、飽咋之宇斯能神。次に投げ棄つる左の御手の手纏に成れる神の名は、奥疎神。次に奥津那芸左毘古神。次に奥津甲斐弁羅神。次に投げ棄つる右の御手の手纏に成れる神の名は、辺疎神。次に辺津那芸左毘古神。次に辺津甲斐弁羅神。
 右の件の船戸神以下、辺津甲斐弁羅神以前の十二神は、身に著ける物を脱ぐに因りて生れる神なり。
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