孝徳天皇(七)東国の国司への詔・戸籍と田畑の検校

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孝徳天皇(七)東国の国司への詔・戸籍と田畑の検校

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現代語訳

(即位1年)8月5日。東国(アズマノクニ)たちの国司(クニノミコトモチ)を呼び寄せました。それで国司たちに詔(ミコトノリ)して言いました。
「天神(アマツカミ)が奉じ寄進したままに、まさに今、初めて万国(クニグニ=すべての国)を治めようとしました。国家が所有する公民、大小の氏族の領地の人たちを、お前たちに任せて、全員の戸籍を作り、また田畑を校(カムガエ=調べて徴税する根拠にすること)しなさい。薗池水陸(ソノイケミヅクヌガ=園・池・水・陸=その自然から得られるものすべて)の利益は百姓と共有しなさい。また、国司たちは、国に居て、罪を判断することはできません。他人の貨賂(マイナイ=贈り物)を取って、民を貧苦(マズシキ)にしてはいけない。京に上る時には、たくさんの百姓を自分に従わせてはいけない。ただ、国造・郡領(コオリノミヤツコ)だけは従わせることができる。ただし、公事(オオヤケ=公的な仕事)で往来する時には、部内(クニノウチ)の馬に騎乗することは出来るし、部内の飯を食べることも出来る。介(スケ=次官)より上のものが、法に則していたら、すべて褒め、褒賞を与えなさい。法に違っていれば、爵位(カガフリノクライ)を降下させなさい。その長官に従うものは9人。次官(スケ)に従うものは7人。主典(フビト)に従うものは5人。もし、この限界を超えて他に率いて来たものは、主人と従者は、同様に罪に科す。もし、名(ナ=家柄や地位)を求める人がいて、元から国造・伴造・県稲置(コオリノイナキ)でもないのに、簡単に偽り、訴えて
『我が祖先の時代から、この官家(ミヤケ=直轄地)を領地とし、この郡県を治めてきた!』
と言っていたとしても、お前たち国司は偽りのままにすぐに朝廷に報告してはいけない。詳細に、真実の状況を調べてから、報告しなさい。また、閑曠(イタズラ=空いている)な場所に兵庫(ツワモノグラ=兵器の蔵)をつくって、国や郡の刀・甲・矢を集めて収蔵して、周辺の国の近くの蝦夷と境が接しているところに、すべてその兵(ツワモノノソナエ=兵器の準備)を数えて集めて、元の主(アルジ)に預けて授けてなさい。倭国の六つの県に派遣した死者は、戸籍を作り、田畑を校(カムガウ=税をかけるために調べる)しなさい。
墾田(ハリタ=開墾した田)と畑と民の戸口(ヘヒト=戸籍)の年紀(トシ)を検覈(アナグル=厳しく調べる)ことを言います。

お前たちの国司は、明確に聞き、受け賜わり、退出しなさい」
そして帛布(キヌ=絹)を与えました。それぞれに品がありました。
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解説

東国の国司を呼び寄せて、戸籍を作らせ、田畑がどのくらいあり、どのくらい収穫があるのか調べさせました。ということはここから税金を取れるってことです。ということは、今まで税金が取れていなかったということになります。
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原文

八月丙申朔庚子、拜東国等国司。仍詔国司等曰、隨天神之所奉寄、方今始將修萬国。凡国家所有公民大小所領人衆、汝等之任、皆作戸籍及校田畝。其薗池水陸之利、與百姓倶。又国司等、在国不得判罪、不得取他貨賂令致民於貧苦。上京之時、不得多從百姓於己、唯得使從国造・郡領。但以公事往來之時、得騎部內之馬、得飡部內之飯。介以上、奉法必須褒賞、違法當降爵位。判官以下、取他貨賂、二倍徵之、遂以輕重科罪。其長官從者九人、次官從者七人、主典從者五人。若違限外將者、主與所從之人、並當科罪。若有求名之人、元非国造・伴造・縣稻置而輙詐訴言、自我祖時領此官家治是郡縣、汝等国司不得隨詐便牒於朝、審得實狀而後可申。又於閑曠之所、起造兵庫收聚国郡刀甲弓矢。邊国近與蝦夷接境處者、可盡數集其兵。而猶假授本主。其於倭国六縣被遣使者、宜造戸籍、幷校田畝。(謂檢覈墾田頃畝及民戸口年紀。)汝等国司、可明聽退。卽賜帛布、各有差。
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