孝徳天皇(十五)改新之詔のその1

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孝徳天皇(十五)改新之詔のその1

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現代語訳

即位2年春1月1日。賀正の礼が終わって、すぐに「改新之詔(アタラシキニアラタムルミコトノリ)」を述べました。
「その1。
昔の天皇たちの立てた子代(コシロ)の民、ところどころの屯倉(ミヤケ=直轄地)、および、その他に臣・連・伴造・国造・村首(ムラノオビト)の所有する部曲(カキ=豪族の部民)の民、ところどころの田荘(タドコロ=豪族の運営する土地)を止めなさい。その代わりに食封(ヘヒト)を大夫(マヘツキミ=臣下)より以上に与え、それぞれに品が有ります。それより下には…布帛(キヌ)を官人(ツカサ=役人)・百姓に与え、品がある。また、大夫は民を治めるものです。その政治を誠意を尽くして行えば、民は頼ってくるものです。よって、その禄(タマモノ=民の取り分)を重くするのは、民のためにするものです。
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解説

食封(ヘヒト)
古代の封禄制度の事です。公地公民で、日本中の民が「天皇のもの」となったのですが、天皇が直接管理なんてできるわけもなく、民の管理は地域の氏族がやります。その氏族が管理する「公民」が田畑を耕して得た「収益」から「税」を取るのですが、徴収した税の半分を封主が得ます。この制度を「食封(ヘヒト)」と言います。

じゃあ、これ以前はどうしていたのでしょうかね。
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原文

二年春正月甲子朔、賀正禮畢、卽宣改新之詔曰。其一曰、罷昔在天皇等所立子代之民・處々屯倉・及別臣連伴造国造村首所有部曲之民・處々田莊。仍賜食封大夫以上、各有差。降以布帛賜官人百姓、有差。又曰、大夫所使治民也、能盡其治則民頼之。故、重其祿、所以爲民也。
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