斉明天皇(一)即位の経緯

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斉明天皇(一)即位の経緯

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原文

天豊財重日足姫天皇、初適於橘豊日天皇之孫高向王而生漢皇子、後適於息長足日廣額天皇而生二男一女、二年立爲皇后、見息長足日廣額天皇紀。十三年冬十月、息長足日廣額天皇崩、明年正月、皇后卽天皇位。改元四年六月、讓位於天萬豊日天皇、稱天豊財重日足姫天皇曰皇祖母尊。天萬豊日天皇、後五年十月崩。

現代語訳

天豊財重日足姫天皇(アメトヨタカライカシヒタラシヒメノスメラミコト)は初めに橘豊日天皇(タチバナノトヨヒノスメラミコト=用明天皇)の孫の高向王(タカムクノオオキミ)と結婚して、漢皇子を産みました。のちに息長足日広額天皇(オキナガタラシヒヒロヌカノスメラミコト=舒明天皇)と結婚して、2人の男と1人の女を産みました。舒明天皇即位2年に皇后となりました。息長足日広額天皇(=舒明天皇)の紀(ミマキ)に見られます。

即位13年冬10月に息長足日広額天皇は崩御しました。翌年の1月に皇后は天皇に即位しました。元を改めて、即位4年6月に位を天万豊日天皇(アメノヨロズトヨヒノスメラミコト=孝徳天皇)に譲りました。天豊財重日足姫天皇を皇祖母尊(スメミオヤノノミコト)と言いました。天万豊日天皇はその後、5年10月に崩御しました。
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解説

元を改めて
さらっと書いてあるのですが、「元を改めて」という表現は、ここにしかありません。前後の文章を考えると、単に即位して「治世を改めた」という意味だと思われます。
二度目の天皇
日本の歴史で最初の「重祚」です。日本には重祚した天皇は2人しかおらず、もう一人は孝謙天皇(称徳天皇:8世紀の天皇)です。どちらも女性です。
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