斉明天皇(二十七)崩御・皇太子の歌

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斉明天皇(二十七)崩御・皇太子の歌

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原文

六月、伊勢王薨。秋七月甲午朔丁巳、天皇崩于朝倉宮。八月甲子朔、皇太子奉徙天皇喪、還至磐瀬宮。是夕於朝倉山上有鬼、着大笠臨視喪儀、衆皆嗟怪。冬十月癸亥朔己巳、天皇之喪歸就于海。於是、皇太子泊於一所哀慕天皇、乃口號曰、
枳瀰我梅能 姑裒之枳舸羅儞 婆底々威底 舸矩野姑悲武謀 枳瀰我梅弘報梨
乙酉、天皇之喪還泊于難波。

現代語訳

(即位7年)6月。伊勢王(イセノオオキミ)が亡くなりました。
秋7月24日。天皇は朝倉宮(アサクラノミヤ)で崩御しました。
8月1日。皇太子は天皇の喪(ミモ)を行い、帰って、磐瀬宮(イワセノミヤ)に到着しました。この夕に朝倉山の上に鬼が有り、大笠(オオカサ)を着ていて、喪の儀式を臨み見ていました。衆人は皆、奇怪に思いました。
冬10月7日。天皇の喪(モ=遺骸)を帰そうと海に就航しました。すると皇太子はある所に停泊して、天皇の死を悲しみ偲びました。そして口ずさみました。
君(キミ)が目の 恋(コオ)しきからに 泊てて居て かくや恋(コ)ひむも 君が目を欲(ホ)り
歌の訳あなたの目が恋しいから、ここに泊まっているのです。これほどに恋しいのは、あなたの目が欲しい(あなたに見つめて欲しい)からなのです。

10月23日。天皇の喪(遺骸)は帰って、難波に泊まりました。
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解説

伊勢王
伊勢王は以下のページに見られます。

大笠の鬼
笠を被った鬼、というと

に「笠」を被った「竜に乗る」怪異が登場します。扶桑略記という別の書物によるとこの「竜に乗る者」は「蘇我蝦夷」だという噂があったそうです。仮にこの「鬼」と「竜に乗る者」が「蘇我蝦夷」だとして…斉明天皇が即位した時と、崩御の時に「蘇我蝦夷」が現れたということになります。蘇我蝦夷は斉明天皇が皇極天皇だった時代に政変(乙巳の変)により自殺に追い込まれた人物。
日本書紀では蘇我蝦夷は「無礼な逆臣」として描いていますが、世間は蘇我蝦夷のことを「不憫」に思っていたのではないかと思います。仏教を取り入れ、改革を進めた蘇我。そんな功労者である蘇我を自殺に追い込み、無駄な工事を行って、国民を疲弊させ、百済の救援を行って国を混乱させた斉明天皇。国民は斉明天皇こそが蘇我に祟られて死ねばいい、そう思っていた。だからこそ、このような噂が立ったのでしょう。
歌は恋の歌でしょ
歌はどう考えても恋の歌。皇太子である中大兄皇子が母親である天皇に捧げる歌じゃない。恋の歌が流行っていて、それをここに当て込んだってことです。

母親の葬式に、母親が好きだったABBAのダンシングクイーンを流すとか、極端だけどそういうことだと思います。
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