天智天皇(八)豊璋の百済入り・王を継ぐ・福信に爵禄を与える

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天智天皇(八)豊璋の百済入り・王を継ぐ・福信に爵禄を与える

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現代語訳

(即位1年)5月。大将軍の大錦中(ダイキンチュウ)の阿曇比邏夫連(アズミノヒラブノムラジ)たちは、船師(フナイクサ)170艘を率いて、豊璋たちを百済国へ送って、宣勅(ミコトノリ)して、豊璋たちにその位を継がせました。また、金策(コガネノフミタ=金で書いた書か、金の札)を福信(フクシン=鬼室福信)に預けて、その背を撫でて、褒めて爵禄(カウブリモノ=冠位)を与えました。その時に、豊璋と福信は拝んで勅(ミコトノリ)を受け、周囲の諸々の人たちはそのために涙を流しました。

6月28日。百済は達率万智(ダチソチマチ)を派遣して調(ミツキ)を奉り、物を献上しました。
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解説

ずっと日本で人質生活をしていた豊璋が百済に行き、「ミコトノリ」によって「王位」につきました。人質と言っても、現在でいうところの「留学」に近いものだったんじゃないかと思います。

しかし日本の天皇のミコトノリによって「王位」につき、部下の鬼室福信は「冠位」を与えられたとなると、百済は完全な属国です。これまでは百済には百済の官位制度があり、百済の王によって統治されていたのが、ここでは百済は「天皇」から「王」に冊封された存在です。まぁ、日本書紀の書き方でしかないよ、言えばそうなんですが、これまでとは書き方が違うということはそれなりに「史実」と考えた方が自然だと思います。
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原文

五月、大將軍大錦中阿曇比邏夫連等率船師一百七十艘、送豊璋等於百濟国。宣勅、以豊璋等使繼其位、又予金策於福信而撫其背、褒賜爵祿。于時、豊璋等與福信稽首受勅、衆爲流涕。六月己未朔丙戌、百濟遣達率萬智等進調獻物。
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