天智天皇(十八)小竹田史身と磐城村主殷

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天智天皇(十八)小竹田史身と磐城村主殷

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原文

十二月甲戌朔乙酉、郭務悰等罷歸。是月、淡海国言「坂田郡人小竹田史身之猪槽水中忽然稻生、身取而收、日々到富。栗太郡人磐城村主殷之新婦床席頭端、一宿之間稻生而穗、其旦垂頴而熟、明日之夜更生一穗。新婦出庭、兩箇鑰匙自天落前、婦取而與殷、殷得始富。」

是歲、於對馬嶋・壹岐嶋・筑紫国等置防與烽。又於筑紫築大堤貯水、名曰水城。

現代語訳

(即位3年)12月12日。郭務悰(カクムソウ=唐の使者)は帰りました。
この月、淡海国が言いました。
「坂田郡(サカタノコオリ=琵琶湖東岸の伊吹山の西南)の人の小竹田史身(シノダノフビトム)が猪槽(イカフフネ?=家畜のし尿を集める溝のこと?)の水の中に、稲がなりました。身(ム=人物名)はそれを取って、収めました。毎日、富をなしました。
栗太郡(クルモトノコオリ=琵琶湖南岸の東の地域)の人の磐城村主殷(イワキノスグリオオ)が新婦の床席(シキイ)の端に一晩の間に、稲が生えて穂をつけました。その朝には穂が垂れて熟しました。明る日の夜には更にもう一つの穂がなりました。新婦は庭に出ました。二つの鑰匙(カギ=鍵)が天から目の前に落ちてきました。新婦はそれを取って、殷(オオ=人物名)に与えました。殷はそれから富をなしたと言います」

この年、対馬嶋(ツシマ)・壱岐嶋(イキノシマ)・筑紫国(ツクシノクニ)などに防(サキモリ)と烽(ススミ=狼煙【ノロシ】)を置きました。また、筑紫に大堤(オオツツミ)を築いて、水を蓄えました。名付けて、水城(ミズキ)と言います。
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解説

坂田郡の神話
家畜の糞尿によって植物がよく育った、という伝承のことではないか?と思われます。ハイヌウェレ神話の亜型かな。つまり、この時代にこういうことがあったという意味ではなく、この時代に、坂田郡が影響力を持ったか、大和朝廷に帰属したか、何か関わりが出来たのではないかと思います。
栗太郡の神話
新婦の寝床で稲が育つというのは、これもどうも「ハイヌウェレ神話」に近いと思いますね。ただ「鍵」というのが、これまで見たことのないワードであり要素です。磐城村主殷は日本人ではないか、さかのぼると日本人ではない文化を持っていた人物ではないかなと。
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