天智天皇(二十九)栗前王は越へ・牧場・多すぎる宴会

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天智天皇(二十九)栗前王は越へ・牧場・多すぎる宴会

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現代語訳

(即位7年)秋7月。高麗は越(コシ=北越地方)の道から、使者を派遣して調(ミツキ)を献上しました。風が強く、波が高かったです。それで帰ることが出来ませんでした。
栗前王(クルクマノオオキミ)は筑紫率(ツクシノカミ)に拝謁しました。この時、近江国は武(ツワモノ=兵器か戦術か)を習いました。また、沢山の牧場を設置して馬を放ちました。また、越国は燃える土と燃える水を献上しました。また、浜台(ハマノウテナ=宴会の会場)のもとに諸々の魚が海面を覆うほどに居ました。また、蝦夷と宴会をしました。また、舎人(トネリ)たちに命じて、宴会をあちこちで催しました。その時代の人は言いました。
天皇は天命を終わらせようとしているのか?」
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解説

高麗
高麗は新羅を避けて、日本に来た。だから越国に無理してやってきた。ような気がしますが、これまでにも高麗は越国にたどり着いていることがありました。

高麗は新羅と関係が悪化したら、越国へやってくる、というならば、新羅と高麗はしょっちゅう戦争していたんだから、もっと同様の記事があってもいいでしょう。
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原文

秋七月、高麗、從越之路遣使進調。風浪高、故不得歸。以栗前王、拜筑紫率。于時、近江國講武、又多置牧而放馬。又越國獻燃土與燃水。又於濱臺之下諸魚覆水而至、又饗蝦夷、又命舍人等爲宴於所々。時人曰、天皇天命將及乎。
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