天智天皇(四十七)大友皇子と大臣たちの誓い

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天智天皇(四十七)大友皇子と大臣たちの誓い

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原文

丙辰、大友皇子在於內裏西殿織佛像前、左大臣蘇我赤兄臣・右大臣中臣金連・蘇我果安臣・巨勢人臣・紀大人臣侍焉。大友皇子、手執香鑪、先起誓盟曰、六人同心奉天皇詔、若有違者必被天罰、云々。於是、左大臣蘇我赤兄臣等、手執香鑪、隨次而起、泣血誓盟曰、臣等五人隨於殿下奉天皇詔、若有違者四天王打、天神地祇亦復誅罰、卅三天證知此事、子孫當絶家門必亡、云々。

現代語訳

(即位10年)11月23日。大友皇子は内裏の西殿の織物の仏像の前に居ました。左大臣の蘇我赤兄臣(ソガノアカエノオミ)・右大臣の中臣金連(ナカトミノカネノムラジ)・蘇我果安臣(ソガノハタヤスノオミ)・巨勢人臣(コセノヒトノオミ)・紀大人臣(キノウシノオミ)が居ました。大友皇子は手に香鑪(コウロ)を取り、まず立って、誓盟(チカイ)して言いました。
「6人の心を一つにして、天皇の詔(ミコトノリ)を受け賜ります。もし、違反したらば、必ず天罰を被るだろう」
云々。
左大臣の蘇我赤兄臣たちは、手に香鑪(コウロ)をとり、続いて従って立ちました。泣いて誓盟(チカイ)して言いました。
「私めたち5人。殿下に従い、天皇の詔(ミコトノリ)を受け賜ります。もし、違反したら、四天王に打たれるだろう。天神地祇もまた誅罰を与えるでしょう。三十三天(サンジュウサンテン)はこのことを証明し知らしめるだろう。子孫は絶え、家門(イエ)は必ず滅びるだろう」
云々。
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解説

大友皇子と臣下の誓い
大友皇子は天智天皇の子。天智天皇は儒教を信奉していました。儒教の性質上、天智天皇の部下は、大友皇子に忠誠を誓います。そういう道徳が大事ってのが儒教の考えです。また、こういうのを「いい話」として残そうとするのが余計に儒教っぽいです。

まぁ、この「誓い」の根拠が儒教なのかどうかはよく分かりません。儒教では「神」を否定しています。なのに、天皇の詔に違反したり、忠誠の誓いに違反したら、「仏罰」や「神罰」が降るよ!って言ってるあたりが儒教とは反しているんですよね。ただ、日本の性質がそもそも、文化がチャンポンになるというものなので、そこは矛盾してても全然不思議じゃないです。
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