天武天皇(六)美濃で兵を集める・不破道を塞ぐ

MENU
TOP>天武天皇(日本書紀28)>天武天皇(六)美濃で兵を集める・不破道を塞ぐ
スポンサードリンク

天武天皇(六)美濃で兵を集める・不破道を塞ぐ

TWEET Facebook はてブ Google+ Pocket

原文

六月辛酉朔壬午、詔村国連男依・和珥部臣君手・身毛君廣、曰「今聞、近江朝庭之臣等、爲朕謀害。是以、汝等三人、急往美濃国・告安八磨郡湯沐令多臣品治・宣示機要而先發當郡兵、仍經国司等・差發諸軍・急塞不破道。朕今發路。」

現代語訳

(即位元年)6月22日。村国連男依(ムラクニノムラジオヨリ)・和珥部臣君手(ワニベノオミキミテ)・身毛君広(ムゲツキミヒロ)に詔(ミコトノリ)して言いました。
「今、聞いたところによると、近江朝廷の臣たちは、朕(ワレ)を害するようなことを謀っている。それでお前たち3人は速やかに美濃国に行き、安八磨郡(アハチマノコオリ=美濃国の地域=現在の岐阜県安八郡と海津郡)の湯沐令(ユノウナガシ=湯沐を統治し税を取る役人)の多臣品治(オオノオモホムジ)に告げて、機要(ハカリコトノヌミ)を示し述べて、まず、その郡で郡兵を起こしなさい。国司たちと接触して諸々の軍隊を起こして、速やかに不破道(フワノミチ=岐阜県不破郡=畿内から関東へ行く要路)を塞げ。朕(ワレ)は今、出発しよう」
スポンサードリンク

解説

美濃は「兵隊」の補給の土地のよう。それとは別に現在の兵庫県も「兵器の庫」と呼ばれたことが名前の由来です。うーん、いやしかし、兵ってのは農民から徴収するわけで、特に兵隊を集めやすい土地なんて本当にあるのでしょうかね? 傭兵がたくさん住んでいる土地があるとも思えない。

日本は穢れを嫌いました。そのせいで死を連想する兵隊を嫌いました。普通の日本の文化で育った人は兵隊になりたくない。だから政治的な中心地である大和や近江や難波では兵隊が集まりにくい。美濃や関東では、日本の文化ではない民族・・・つまり蝦夷がたくさんいて、穢れを恐れない兵隊が集まりやすかったのではないかと思います。
Pre<<<  >>>Next 
スポンサードリンク

SNSボタン

TWEET Facebook はてブ Google+ Pocket

ページ一覧

管理人リンク

編集