天武天皇(四十三)諸王四位栗隈王を兵政官長に

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天武天皇(四十三)諸王四位栗隈王を兵政官長に

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現代語訳

(即位4年)3月2日。土佐大神(トサノオオカミ=都佐坐神社=現在の高知県高知市一宮にある)が神刀(アヤシキタチ)を1口、天皇に献上しました。
3月14日。金風那(キンフナ)たちを筑紫で宴会してもてなしました。すぐに筑紫から帰りました。
3月16日。諸王四位(オオキミタチノヨツノクライ)の栗隈王(クルクマノオオキミ)を兵政官長(ツワモノノツカサノカミ)としました。小錦上(ショウキンジョウ)の大伴連御行(オオトモノムラジミユキ)を大輔(タイフ)としました。

この月に高麗は大兄(ダイケイ=高麗の官位の名前)の富干(フカン)・大兄の多武などを派遣して朝貢しました。新羅は級飡(キュウサン)の朴勤修(ボクゴンジュ)・大奈末(ダイナマ)の金美賀(キンミガ)を派遣して、調(ミツキ)を献上しました。
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解説

諸王四位
天武天皇は役人や氏族には「冠位」を与えて順位付けをしましたが、それとは別に、皇族を別の「位」で順位付けをしました。これによって、天武天皇は朝廷の運営を、皇族が行うようにしようとした、のではないか?と思われます。
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原文

三月乙巳朔丙午、土左大神、以神刀一口進于天皇。戊午、饗金風那等於筑紫、卽自筑紫歸之。庚申、諸王四位栗隈王爲兵政官長、小錦上大伴連御行爲大輔。是月、高麗、遣大兄富干・大兄多武等、朝貢。新羅、遣級飡朴勤修・大奈末金美賀、進調。
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