天武天皇(六十五)臘子鳥・筑紫の地震・丘の家が移動

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天武天皇(六十五)臘子鳥・筑紫の地震・丘の家が移動

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現代語訳

(即位7年)12月27日。臘子鳥(アトリ=雀に似ている渡り鳥)が天を覆い、西南から東北へ飛びました。この月に筑紫国に大きな地震がありました。地面が避けました。その広さは2丈、長さは3000丈あまり。百姓の舎屋(ヤカズ)、村々で多く倒れて壊れました。この時に百姓のある家は丘の上にありました。地震があった夕に、丘が崩れて、家の場所を移動しました。しかし家は壊れていなくて、破壊されていませんでした。家の人は丘が崩れて、家が去ったとは分かりませんでした。ただし会明(アケボノ=夜明け)の後に、知ってとても驚きました。
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解説

アトリ
アトリは秋に渡来して、繁殖して、春には北に帰っていく渡り鳥です。西南から東北へ飛んだ、ということは「北に帰って行った」ということになるんですが、うーん。季節から考えると、「北から日本に渡来する」時期なんですよね。

ところでアトリはたまに大群で移動をする鳥なので、天を覆うこともあります。

この記述は果たして「吉兆」として書いたのか、それとも次の「筑紫の地震」の予兆として書いたのか、そこはちょっと分かりません。筋から言えば地震の予兆なんですよね。12月はアトリが北に移動する時期じゃないんですよ。そこが「東北へ」移動したというのは、「筑紫の地震を感じて逃げた」ということじゃないかと。
現在の日本でも、大地震が起きてから、地震雲とか動物の異常行動とか、そういうのが報告されています。あれと一緒じゃないかな。
地震
地震が起きて、丘が崩れたけど、家は無事で、家が移動しただけだった。なんて喜劇のようなお話。本当でしょうかね?
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原文

十二月癸丑朔己卯、臘子鳥、弊天、自西南飛東北。是月、筑紫國大地動之、地裂廣二丈長三千餘丈、百姓舍屋毎村多仆壤。是時、百姓一家有岡上、當于地動夕以岡崩處遷、然家既全而無破壞、家人不知岡崩家避、但會明後知以大驚焉。
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